5-8
「ジャック!!いい加減にしろ!」
「あ……」
ジャックはバーデッド子爵の怒鳴り声とガラスが割れる音でビクリとし、大剣を振るのを止めた。
自宅謹慎日の朝から、ジャックはバーデッド子爵家のタウンハウスの中庭で、大剣を振っていた。
最近体調が良くなってきた父がゴルフクラブを振っていたのだが、ジャックが振る大剣とクラブが何度か当たりそうになり、互いに牽制し合っていたのだが、ついに激しくあたり、クラブが大きく飛び、窓ガラスを割った。
「この脳筋野郎め!!今度儂の邪魔をしたら生まれた事を後悔させてやるからな!」
父はクラブを投げ捨て、去って行った。
「それは親が息子に言うセリフとしてどうなんだ……」
この間まで弱々しく寝込んでいた男と同一人物とは思えず、ジャックは呆れた。
ローズウォールに行った際、ジャックが所有してしまう事になったエクスカリバーだったが、王都アストロブレームまでの道中での襲撃に使用してみて、全然使いこなせないのが分かった。
だからジャックは今日から子爵邸に飾られていた大剣を振り、手首の筋トレを朝の日課として組み込むことにした。
大剣に振り回されがちだったから腕全体をもっと鍛えた方がいいかもしれないとも思うが、近衛師団の訓練でもその辺は鍛えているから、家でどれくらいやればいいか悩ましい。
エクスカリバーは王都に帰って来てから、一度も実体化出来ずにいたが、また使うときが来る気がしていた。
ジャックが兄を探す気でいるからだ。
ローズウォールで会った兄の話では、彼はノースフォールに長期間滞在していたようだった。
なので、王都に帰ってきたその日のうちに、バーデッド子爵家と関係の深い探偵にノースフォールでの調査を依頼した。
地味に時間がかかりそうなものは、専門家に頼んだ方がいい。
ジャックが動くのは調査結果が出てからでも十分だ。
問題なのは、普通の方法では兄を連れ戻す事は出来ないだろうという事だった。
昨日のシエルの話を全て信じたわけではなかったが、兄は魔獣にかなり近い存在となっている。兄を探す過程でまた魔獣に遭遇する可能性はかなり高いんじゃないだろうか?
強力な魔獣ほど普通の重火器等が通用しづらくなるのは、4日前のワイバーンとの戦闘で明らかだった。魔獣にはエクスカリバーがかなり有効だった事を思えば、もっと使いこなす必要性を感じる。
(筋トレだけじゃなく、もっと剣術的な技術も学ぶべきだよな)
ヘルジアで古くから発展してきた剣術は、主に防御する事を目的とした動きだ。様々な対象に応じた構えや、構えからの動きがある。幾つかは習っていたが、もっと身に付けておきたい。
ジャックが知人の中に剣術に長けた人物がいなかったかどうか記憶を探っていると、執事が静かな歩みで近寄って来た。
「どうした?」
「ジャック様、訓練中申し訳ありません。お客様がいらっしゃっています。サロンでお待ちです」
「まだ7時だぞ。こんな時間に一体誰だ?」
「西ヘルジア中央鉄道会社のケインズ取締役でございます」
「何であの人が……」
意外すぎる人物の訪れに驚く。
「目的はおっしゃっておりませんでしたね。今思い出しましたが、ケインズ様はノースフォール公爵様の庶子であられるお方ですな」
「ノースフォール!?」
さらっと聞き捨てならない情報を与えてくれた執事は、ジャックの興信所への依頼内容をきっちりと把握している。彼なりにノースフォール公爵地についての情報を集めてくれていたのかもしれない。
「公爵様は若い時かなりの遊び人でしたからねぇ……。まぁ今もですが」
「その情報は別にいらない」
「おやおや」
執事と雑談をかわしながらサロンまで行くと、ケインズが待っていた。
「ケインズさん、おはようございます。随分早くにいらっしゃいましたね」
「おはようございます。4日ぶりですね。貴族様は早朝の来客はやはり迷惑なのですか?」
「貴族に限らず、誰でも迷惑な気もしますが……」
「言われてみればそうかもしれません」
ケインズはどこか道化師を思わせる身動きで首を傾げた。
「今日はこれから何か予定はありますか?」
「いえ、ありませんが……。というかケインズさんは俺が今日自宅謹慎なのを知っているんですか?見越して訪ねて来たとしか思えないのですが」
軍隊に所属していると、普通の勤め人の様に休日が決まっているわけではない。夜勤がある日もある。
しかも今日は自宅謹慎というイレギュラーな日だった。