5-7
ジャックは以前付き合っていた女性に手酷い仕打ちを受けた後、シエルをミッドランド伯爵邸まで送った。
仕事をやる気力が微塵も残っていなかったが、先日三日間の有休を取得した事が後ろめたく、午後の巡回任務を惰性でこなした。
アースラメント宮殿最寄りにある王室師団司令部庁舎に戻って来たのは夕暮れ時だった。
簡単に報告書をまとめて帰宅しようとしていたところ、副師団長から小会議室に呼ばれた。
「ジャック、午前の君の王宮周辺の勤務態度の件なんだが」
「何か問題がありましたでしょうか?」
ジャックは内心汗をかきながら出来る限り表情を消してみせた。
王室師団団員は勤務中は出来る限り無表情でいる方が望ましいのだ。
「何か、ではない。これを見たまえ」
副師団長はジャックにゴシップ紙を投げて寄越した。
一面を飾るのは背中を足で踏まれるジャックと鬼の様な形相のエレイン嬢だった。
(うわ……)
午前の出来事がもう新聞に載っている。
考察するに、モス卿の件が重すぎたから自分のどうでもいい記事が一面に載せられているのだろうか?
眉間にしわを寄せて、ゴシップ紙を副師団長に返す。
「軍務中に女と遊ぶなど、前例がない!最近は真面目に働いていると思っていたのに」
「申し訳ありません。昔付き合っていた女性に因縁を付けられてしまって……」
「このエレイン嬢と付き合っていたのか。うぅむ……、彼女の素行の悪さは社交界でも有名らしいから、お前ばかりを責められないか。以後気を付けたまえ」
「了解いたしました」
エレインは以前付き合っていた時に、ジャックの他に男をキープしていた(もしかするとジャックがキープされていたのかもしれないが)。
毎日の様に暴言を吐き、気に入らない事があるとモノやジャックに当たる女性ではあったものの、彼女の美しさや、ハッキリとした物言いに惹かれていたのだった。
フラれたわけだが、エレインに関わりが薄くなったのは不幸中の幸いだった。
さっき踏まれた背中がズキズキ痛む。
「で、これからが本題なのだが」
(解放されるかと思ったが甘かったか)
ジャックがチラリと柱時計に目をやると、時計の針は17時半をすぎていた。
「モス卿の件だ」
3日前にローズウォールからアストロブレームへの移動中に、モス卿達と小競り合いが有った事を思い出し、ジャックはギクリとした。
「私がモス卿を裏切った事に幻滅しましたか?」
「逆だ。私はお前を見直したんだ。以前お前の事をただの甘ったれのクソガキだと思っていた。だがお前は、モス卿の意志に反し、未来の国王陛下を守ったのだな」
「自分の判断は正しかったと思っています」
ジャックの言葉に、副師団長は小さく頷いた。
ローズウォールから戻った後、ジャックは王室師団に居る事に気まずさを感じていた。
同僚達が時折自分を盗み見て、もの言いたげにしている。
退職した方がいいのではないかとすら思う。
「ですが、上司の命令に背いた事になるので、処罰は覚悟しています」
「我々の任は王室と王都の警護だ。例え上司といえど、害なす者から王室に連なる方々をお守りするのは当然の事だ。お前への処罰など有るはずがない。いやまてよ……有るか」
「やはりあるのですね……」
下げられて上げられて、また下げられるノリについていくのがきつくてゲンナリだ。
「今日のエレイン嬢とのトラブルをゴシップ紙に載せられた件は、我々王室師団の評価を大いに下げた。よってジャック、お前に明日一日の自宅謹慎を命ずる」
(そっちか……)
「了解いたしました。ではまた明後日お会いしましょう」
「明日は好きな事して過ごすといい」
(ん……?)
副師団長は会議室のドアに手をかけ、ニヤッとジャックに笑いかけていた。
もしかして餞別で休みをくれたのだろうか?
ジャックは戸惑いながらも一応頭を下げておいた。
今まで副師団長とあまり関わりが無かったのだが、意外と付き合いやすい人なのかもしれない。
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