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赤いドレスの女性は右腕を大きく振りかぶり、手に持ったハンドバッグをジャックに向かって放り投げた。
ハンドバッグくらいなら当たっても大したダメージはないだろうという予想に反し、頭に直撃したジャックは、地面に倒れてしまった。
「嘘!?」
シエルはジャックの安否も勿論だが、ハンドバッグに何が詰まっているのか確認したくなり、ジャックの元に駆け寄った。
ジャックの頭の横に転がるハンドバッグからはスフィアの形に磨がかれた両手サイズのパラサイト隕石が転がり出ていた。
銀色と琥珀色が荒々しく混ざり合い、ダイヤ等の洗練された宝石にはない魅力を放つ。
「このパラサイト隕石はオークションでお嬢様が1000万Gもの値で落札されたのです」
荒ぶる女性の侍女がシエルの横に来て説明してくれた。
(なるほど、これがジャックさんの頭部に当たったのかもしれない。それにしても、いくら大きめとは言え、パラサイト隕石にそれほどの値がつくものかしら?)
シエルは侍女がパラサイト隕石とハンドバッグを拾い上げるのをしげしげと眺めた。
ジャックの方に目をやると、赤いドレスの女性は倒れ伏すジャックの背をヒールのある靴で踏みつけていた。おまけにネクタイを握って首を絞めているので、奴隷を虐げるようなポーズだ。
周囲を通りすぎる通行人たちは皆そのバイオレンスな現場から目を反らし、足早に去って行く。
「久しぶりね、ジャック!」
「エ、エレイン足をどけてくれ……」
「日中に仕事をさぼってこんな若い子とデートだなんて言い身分だこと!」
(デートって、誰と!?もしかして私!?)
デートというものをした事がないシエルはデートとは何だったろうかと思い出そうとしたが、情報量が少なすぎて思考が止まった。
男女で墓参りする事はデートに含まれはしないのは確かなはずだ。
「デートじゃない……」
「どう見てもデートよ!私というものがありながら、他の女に手を出すなんて!」
「私というものがありがならって、どういう意味だよ!君とはとっくの昔に終わっただろ!?」
オレンジ頭のジャックとエレインと呼ばれた真っ赤なドレスの女性がとんでもないポーズで怒鳴り合う様子は圧巻で、シエルは茫然と眺めてしまう。
「昨日あなたに手紙を送ったんだけど、見ていないの?」
「執事から手紙を受け取ったけど破り捨てたから中身は見てない」
「なんですって!?」
「君、別れる時に俺に言っただろ?『二度と関わらないで』って」
この2人は昔お付き合いしていたという事なのか。
シエルはジャックの好みがこのように気の強い美女という事を知り、何ともいえない気持ちになった。
「その言葉、取り消してあげる。昨日送った手紙の内容は、私との復縁を要求するという事が書いてあるわ。」
「今ここで答えてやるけど、返事はNo以外あり得ない」
「この×××野郎!」
エレインは放送禁止用語を叫び、ジャックの尻を踏みつけた。
ジャックは腕で顔を隠して地面に伏せている。シエルがいる方向からは泣いているようにも見える。
「待ってください!」
立ち去ろうとするエレインの背にシエルは声をかけた。
「何よあなた、ジャックは自分のものだとでも主張するわけ?」
「違います!あの……、何故ハンドバッグにパラサイト隕石を入れているのですか?」
オシャレに気を遣っている若い女性が小さなハンドバッグに詰めて歩くのは違和感があった。
「さっき見たでしょう!ムカつく奴にぶん投げる為よ!」
エレインは頭のネジが外れたように、高笑いしながら去って行った。
それにしても何故ムカつく奴に復縁を求める手紙を送ったりなどしたのか……。
大人の世界は理解不能だ。
「お嬢様はつい先日婚約者様に絶縁され焦っておいでなのです、非礼をお詫びします」
エレイン嬢の侍女がシエルにこっそり事情を教え、足早にエレインを追いかけて行った。