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「ここですね」
「少し前に誰か来たみたいだな」
蝋燭に火が残り、お墓に供えられた花束はまだ瑞々しい。
「王族の誰かかもしれませんね」
シエルは既に供えられた花束から少し離れた場所に自分で持って来た花束を置いた。
手を組み合わせ、跪く。
(王女様、私をお導きください)
◇
跪いてから、かなり時間が経過しただろうか?
蝋燭の芯が燃えつき、火が消えたタイミングでジャックに声をかけられた。
「挨拶をしに来たと言っていたけど、本当は何かに悩んでここに来たのか?」
ジャックに話すべき事ではないかもしれないが、既に結構な時間を自分に付き合わせてしまっている。どうせなので、シエルの悩みに巻き込んでみることにした。
「国王陛下に王に就くよう指名されてますが、この国の国王になるビジョンが見えなかったので……。ここに来れば私の考えが変化するんじゃないかと思ったんです。でも、特に変化はないです。それどころか後ろめたいとすら感じます。私がまるで、王の座を国王一家から奪ってしまうような……」
「考えすぎだな……」
「そうでしょうか……」
「今の君を見ていると、墓の主に問いかけているようでいて、実際には自分の思考にどっぷり沈みこんでいってるみたいだ。というか、既にこの世にいない人間に答えを求めるのは生産的じゃないんじゃないかな?少なくとも、こうやって墓に来て何か答えが得られるとは思えない。故人の生きていた時の記録を辿るとかならまだわかるけど……」
「………」
ジャックからの意外に鋭い指摘にすぐに答えが返せない。
「出よう。ここは長くいるような場所じゃない」
「……はい」
長く跪いていたせいで、立ち上がる時に少しだけフラっとする。
ジャックの手が二の腕を掴んで支えてくれたおかげでシエルは墓に頭突きする事なく済んだ。
温かな手がそっと離れていく感覚が妙に寂しい。
「シエル?」
何故か右手が勝手にジャックの上着を掴んでしまっている。
「あわわわわ!?」
「幽霊に乗っ取られたのか?」
「あり得ません! いや……あり得ます。手が勝手に……」
シエルが意味不明な言動を繰り返す様をジャックに気まずそうに眺められ、シエルはこのまま墓に埋まりたいような気分になった。
(ううう……何か変!)
「ほら」
目の前にひょいっと差し出された手の意味を察するのに、数秒かかった。
理解した瞬間、顔に血がのぼった。
シエルはジャックの手を思いっきり握り、ゴリゴリと力をかけてやった。
「いっってぇぇ!!!!やめろ!!」
「何か凄い腹立ちますっ!」
シエルはジャックの手をごみを投げ捨てるように振りほどき、寺院の入り口を目指してスタスタと進んだ。
足の歩幅が違うからすぐに追いつかれる。
「まぁ何にせよ、元気が戻ってきたみたいで良かったよ。俺も兄貴が失踪したときに、自分の今後について少しだけ悩んだ」
「お兄様がいらっしゃるんですね」
「ああ、兄がいなくなるまでは何の期待もされなかったから適当に生きてきたんだけど、消えてからは急に自分の無力さを思うようになってきてさ、これからの人生どうやって生きていくか考えたな」
「それは周りからの圧力があったから考え直さざるをえなかったという事ですか?」
「無言の圧力もあったけど、それよりも父や兄が見ていた世界を知る機会が出来るんだから、理解する力が欲しいと思った。同じものを見ても、持っている情報量次第で面白さが全然違うだろ?」
「ジャックさんは自分の為に、変わろうとしたんですね」
ジャックの予想以上のポジティブさに驚く。
立場の変化を自分に与えられたチャンスとして、成長していける人間なんだ。
「自分の人生だし」
話しながら歩いていくと、寺院の入り口まですぐついた。
ジャックが扉を開けると、来るときよりもずっと陽の光が眩しく感じられた。
暗い所に長くいたからかもしれないが、それだけの理由ではないような気もした。
「そうだ、シエルに聞こうと思っていた事があるんだ」
「何ですか?」
「魔獣てどこからやってくるんだ?」
唐突だなと思わなくもなかったが、シエルは自分の持っている知識の範囲で答えてみる事にした。
「私は、おばあちゃんから聞いたくらいの情報しか持っていませんが、魔獣は、ワームホールというのを通って、こことはまた別の世界からやってくるのではないかと言われてます」
「ワームホール?というのは簡単に開いたり閉じたりするものなのか?例えば3日前は魔獣を意図的に君を襲わせるようにモス卿が仕向けていたわけだけど」
「ワームホールは簡単に開けるようなものではないですよ。これを安定して発生させるためには大量の負のエネルギーが必要になるんです。でも通常の物質のエネルギーは正なので、取り出すのがとても難しいみたいなんです。それと、宇宙空間でワームホールが発生するのは何となイメージ出来るのですが、地上で開くというのが、自分ではなかなか想像出来ないですね」




