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1-2

「ローサー?」


 ジャックと名乗った男は探るようにじっとシエルを見つめる。


「もしかして君はアルマ・ローサー氏の血縁者か何かか?」


「アルマ・ローサーは私の」



 2人の会話を遮るように、丘の上の方から車輪とエンジンの音が聞こえ、橙色の光が闇の向うに見えた。自動車が来たのだ。

 この片田舎においては自動車は非常に珍しい。

 危険を察知したジャックに腕を引かれ、シエルは道の端による。


「寄ろう。轢かれてしまう」


「あ!ごめんなさい」


 近づいて来る自動車をよく見ると、運転席に座る人間に見覚えがある。

 いや、見覚えがあるどころではない。ほぼ毎日顔を合わせている。


「ルパート!」


 シエルが手を振ると運転席に座るローサー家の従者であるルパートは帽子を外し、目礼してくれる。

 ルパートが運転席に座っているという事は、後部座席に居るのは必然的にあの人という事になる。


「止まってルパート!」


 通りすぎようとする自動車に慌てて声をあげ、飛び出して行こうとすると、ジャックに再び腕を引かれた。恐る恐る見上げると、彼は冷酷な表情でシエルを見下ろしていた。


「飛び出しは危険だ。ここは田舎だから車が少ないのかもしれないけど、気を付けるべきだ。王都の年間の交通事故件数を教えてやろうか?」


「いえ……結構です。気を付けます」


(恥ずかしい!)



 2人を追い越した自動車は、10mほど進んだあたりでピタリと止まった。

 シエルはやはり立ち止まっている事が出来なくて、自動車の所まで走ってしまう。


 ランプを持ったルパートが運転席から降り、ガチャリと音を立ててドアを開いた。


 開かれたドアから上質のシルクの布がヒラリと舞う。

 続いて華奢な腕が、まるで鳥の羽ばたきの様にしなり、手袋に包まれた細い指がルパートの手に重ねられた。

 中から現れたのは、深紅のイブニングドレスを身にまとい、小さく上品な帽子をかぶる少女。顔立ちがシエルと良く似ているため、誰が見ても血縁者だと分かる。

 艶やかなブルネットの髪は、纏められる事なく背中に流してあり、少女らしさがあるが、彼女から醸し出される大人の雰囲気が大きく裏切っていた。


 少女はクセのない髪を優雅な仕草で髪をはらい、自動車の後ろで立ち止まったシエルの元へゆっくりと歩いてくる。


「シエル」


 涼やかで、よく通る声が夜の空気に溶ける。


「おばあちゃん!」


「おばあちゃん!?」


 いつのまにかそばに来ていたジャックが、目を丸くしてシエルと深紅のドレスの女性を見比べる。シエルの頭が正気なのか心配になっているのかもしれない。



 2人の前に現れた女性は間違いなく、シエルの祖母のアルマだった。

 日中出かけていたのだが、一度家に戻ったのだろう。



「もしかして、いや、でも……」


 ジャックの狼狽を楽しむ様に見ていた女性は、扇を開き、綺麗な弧を描いていた唇を隠す。


「遅い時間にようこそ。ジャック・フォーサイズ」


「もしかして、あなたはアルマ・ローサーさんですか……?」


「ええ、そうよ」


「2人は知り合い?」


 ジャックが異様に緊張しているのを訝しく思いつつもシエルは2人に問いかける。二人が知人同士であるなら、先程シエルが男に抱いていた警戒感が無駄だったという事になる。


「いいえ、初めて会うのよ」


 シエルは小首をかしげ、アルマに説明を促す。


「若い男がわたくしに会いに来ると、知り合いの教授に伺っていたの」


 たったそれだけで、初めて会う人物の名を言い当てる事は出来るのだろうか?

 長く生きてきた事で研ぎ澄まされていく勘のようなものなのかもしれない。


「夜分遅くに申し訳ありません……。失礼ですが、本当にアルマ・ローサーさんですか?俺はもっと年配の方を想像しておりましたが、その姿は孫のシエルさんとあまり変わらないように見える」


 ジャックが驚くのも無理はない。アルマの姿は十代半ばくらいに見える。

 正直いって、シエルも時々アルマの事を同年代の友達か姉妹かの様に感じてしまうくらいなので、赤の他人からするとなかなか受け入れられるものではないだろう。


「よく驚かれるわね」


「祖母は若い時におこなった大魔術の代償に、肉体の年齢が止まってしまったみたいなんです」


 ジャックに理解されないかもしれないと思いながらも、シエルは説明を付けたした。


「魔術とはそんな事が起こりえるのか……、理解を超えてる……」


「魔術の原理は現代の科学で解き明かされている事はごく僅かよ。実験室で、限定された要素の中で行う実験から導かれるものは少ないの。科学分野で解き明かされない事を、魔力を持たない者が理解しきろうという事は不可能といえるわね」


 シエルは、ジャックと自分たち2人の間に大きな壁が有る事を思わずにいられなかった。

 せめて……。


「学術的な研究で、少しでも理解者が増えてくれたらいいなって思います。今はただ、理解できない事が原因で怖がられていると思うので……」


 シエルの心からの願いでもあったが、耳に聞こえた自分の声が空しく感じられたのは、きっと手放しで迎え入れられる世の中が来る事はないだろうとどこかで思うからだ。

 チラリとアルマを見てみると、彼女もまたシエルを見ていた。

 何を思うのだろうか?

 魔術師同士でも、祖母と孫でも理解しきる事は難しい。


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