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「そう言われてみると、そうなのかもしれませんね」
「そうなのかもしれませんねって……。もうちょっと自分の立場考えた方がいいと思うぞ?」
(未来の国王候補に不遜な態度をとる人に言われたくないんですけど!)
ジャックが受付簿に名前を書き始めたので、シエルは慌てて係員にアルマから書いてもらった紹介状を差し出した。
これがないと恐らく、近代の王族が埋葬されているエリアには行けないはずなのだ。
紹介状に目を通した係員はシエルに一瞬だけぎょっとした表情を作るが、すぐにジャックに鍵束を手渡した。
「ごゆっくりとお過ごしください」
アルマの紹介状をよく読んでなかったけど、中に何が書いてあったんだろうか?
ちょっとだけ、いたたまれなくなる。
ジャックと共に入り口に向かいながら背にずっと係員の視線を感じていた。
3日前のローズウォールから王都までの道中で命を狙われた事を思い出してしまうから、背後をとられるのが少しだけ怖い。
「あの係員、ごゆっくりとお過ごしくださいって、結構失礼だよな」
「そうですか?」
「墓地にずっといるのは死者ならではだろ?死にに行けって言ってるみたいに感じられる」
「そう思うのはジャックさんだけなので問題ないです」
シエルがピシャリと返事を返すと、ジャックは肩をすくめた。
シエルの不安が伝わったからわざと軽口を言ったのかもしれない。本気で言ってるとしたらちょっとアレな人だが……。
寺院の中に入ると、アーチの天井が続く身廊には観光客らしき人々が数人いた。
「この寺院、床にも壁にもお墓がみっちり入ってるらしい」
「ええ!?じゃあ今私が立っている床の下にも……」
「かもな」
今ここを歩いている事すら悪いことをしている気分になり、自然速足になった。
王族専用の北翼廊へ続く扉の鍵をジャックが開錠する。
きしむような音をたて、扉が開いた。
ステンドグラスから明るい陽の光が差し込み、舞い上がったホコリがキラキラと輝いていた。
(やっぱりジャックさんについて来てもらってよかった)
ここをたった一人で進むのはなかなかに勇気が必要だっただろう。
幽霊や魔獣等への恐怖は無いが、歴史の重みに潰されそうな気分だった。
シエルの視線は自然下がる。
「亡き王女様のお墓に行っている間に、この扉の錠がしめられてたりしてな」
「なんて事言うんですか!」
「心配するな。いざとなったらステンドグラスを蹴破って外に出たらいい」
「公共の場でバイオレンスな破壊活動始めたら、他人のフリしちゃいます……」
「人命は代えが効かないけど、ガラスの一枚二枚なら新しいのを貼りかえる事になったら、かえって綺麗になっていいかもしれない」
「歴史的な価値ってジャックさんにとって軽いものなんですね」
「本気でやるわけないだろ」
(ほんとかなぁ……)
シエルがステンドグラスを眺めているうちにジャックがスタスタと先に進んでしまうので、置いて行かれないように、仕方なくシエルも翼廊を進む事にした。
立ち並ぶ箱型のモニュメントは全てが王族の墓だ。
歴史の長さ分、膨大な数があった。
「あ、そいういえば、3日前の件だけど」
「わ!あ、はい……」
少しだけ暗い思考にとらわれそうになっている所を急に話しかけられ、シエルは上ずった声で返事を返してしまった。
「シエルが助けた刺客の一人が、中央警察に出頭してきて、モス卿の事も白状した。アルマさんも事件の事を届け出ていたけど、信憑性が増したんだろうな。昨日からモス卿は取り調べを受けている よ」
「そうなんですね……」
「シエルが、刺客の命を救ったから、あいつは自分から出頭からする気になったんじゃないかな。証言がなかったら、貴族同士の派閥争いとして有耶無耶にされて終わったかもしれない。君の優しさが、人の心を変えたんだ。凄い事だよ」
「自分に出来ることをしただけです。刺客の方が出頭したのは、その人に良心が残っていたからでは?」
「君みたいに謙虚な奴は好感度高い」
「別にジャックさんの好感度上げる為に言ったんじゃないですから……」
「ふーん?」
照れて、うっかりいらない事を言ってしまった。
ジャックは特に気にした風でもないが、余計な事を口走らないように墓を探すことに集中した。
「王女様のお墓はどれですかね」
「今通りすぎたのが、前国王陛下と王妃様のお墓だったから、そろそろかな」
さらに2つほど通り過ぎると、白い大理石のプレートに亡き王女様の名前が書かれたお墓があった。