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王都アストロブレームを南北に貫く川沿いを歩きながら、シエルは本日何度目か分からないため息をついた。
近年科学技術や文学・哲学・芸術の発達著しいアストロブレーム中心地の街並みは、散策する者達に少なからぬ感動を与えそうなものだが、シエルは周囲を見渡さない。
3日前に悪夢の様な旅路を切り抜け、シエル達はアストロブレームに無事に辿りついた。
シエルとアルマは取りあえず伯父が管理するミッドランド伯爵家のタウンハウスに暮らす事になった。
次期国王になるシエルへの挨拶として連日来客が途絶えないので、その対応と、アストロブレーム周辺の結界の強化のためにアルマと歩き回っていたから、シエルの疲労は貯まる一方だった。
疲れが限界まできてしまい、客が途絶えた隙にタウンハウスから出てきた。
アルマが穏やかに見送ってくれたのは、元気のないシエルを心配してくれていたかもしれない。
父が死に、祖母に引き取られてからは、祖母からの遺伝を感じられる魔術に没頭していた。そうする事で自分の存在意義が感じられたし、上達すると褒めてくれる祖母の笑顔が大好きだった。
でもそれはきっかけにすぎなくて、すぐに魔術の奥深さに夢中になっていた。
将来は祖母の様に魔術を極め、研究したいと思うようになったのは自然な流れだった。
シエルの立場が変わったのは、5年程前に王都で疫病が流行ってからだ。
国王には一人王女がいて、魔力を作り出す能力を持っていたと聞いていた。
祖母も王女の魔術の指導のために週に1度のペースで王都に行っていた。
かなり才能のある方だったらしい。
国王の座に就くのはその王女だったはずだ。
国王の直系で、魔力を持つ。長子である王子を出家させ、無理矢理王女を長子という事にしてしまえば、この国では何の問題もない。
でもその王女は疫病にかかり亡くなってしまった。
だからこんな歪な事になってしまっているのだ。
遠縁の自分が国王になるなんて、とんでもないとシエルは思ってしまう。
シエルは右手側に見えてきた、荘厳な寺院に目を向けた。
寺院にはこの国の王族や、著名人が埋葬されている。
アルマに一筆貰い、ここを訪れたのは、亡くなった王女へを弔う事で、自分の中での考えの変化を求めたからだ。
「あれ?シエル?」
受付の係員に話しかけようとしたところで、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「え、ジャックさん?なんでこんな所にいるんですか?」
声の方を見ると、軍服姿のジャックが寺院の建物の方から歩いて来た。
「やっぱり見間違いじゃなかったか。いつもと雰囲気が違うから、ちょっと自信なかった」
シエルは襟と袖にだけレースが付いた黒いドレスを着ている。
普段とは雰囲気の違うドレス姿はシエルを大人びて見せていた。
「TPOを考えてみたんです」
「寺院だもんな。俺は今巡回中。知ってると思うけどこの近くは王宮だし、この寺院も警備対象なんだ。」
「ジャックさん、軍をクビになったんじゃないんですね」
「あのなぁ!誰のためだと思って……」
「うわ……」
ジャックの顔は整ってはいるものの、凄んだ顔はとても怖い。
身を縮めると、ジャックはバツの悪そうな顔になったので、フォローしなきゃいけないような気がしてくる。
「あー、ごめんなさい。今日はちょっと弱ってて……」
「シエルでも弱る事あるのか?君のメンタルの強さはザイル並みなのを知っている身としては、ギャグにしか聞こえない」
「何ですか、それ!私はか弱い乙女ですよ。労わってください!」
「うーん……。で、今日はどうしたんだ?」
か弱い乙女という言葉をサラッっと無視されるが、まぁ些細な事に拘り続けても仕方がないだろう。
「亡き王女様に花を供えに来たんです。本当はその方が国王になるはずだったから、挨拶を、と思って……」
「ふむ……」
(ふむ……、って何なの!?こっちは真剣な思いでここまで来たのに!)
マジマジとシエルの顔をのぞき込むジャックのマイペースさに調子を崩されないように、出来るかぎり真面目っぽい顔をしてみせた。
「私はジャックさんの暇つぶしに付き合う気はないので、これで失礼しますっ!」
「俺も付き合うよ」
「でも今お仕事中なのでは?」
「ちょっとくらい抜けても大丈夫だろう。というか、君も本来なら警護対象な気もするし」