4-11
列車が減速しているのはいいが、再び影が舞い降り、車体はさらなる衝撃を受けた。
小麦畑の影で確認してみると、ワイバーンの個体数は先程よりも増えていた。
翼の数が6枚あるように見える。
「ワイバーンは3体いるな……」
「1体どのくらいの重さなんですかね?ちょっと車体への強化をかけ直します。ヨウムも手伝って!前方の方お願い!」
「ハー、マリョク ツカイスギテ トリガラニナルワ ワロタ」
シエルが片方の手で杖を掲げるのを見て、ジャックはエクスカリバーを預けたままにしていたのに気づいた。
「シエル剣預けたままだったな、ごめん」
「いえいえ、お返ししますね」
自分のこういう気遣いの出来なさ加減にいつも呆れてしまう。
たぶんこういう部分が女性から愛想を尽かされてしまう要素なんだろうな、とは思ってはいるのだが、なかなか改善されない。
シエルにエクスカリバーを返してもらい、改めてこれを自分が使いこなせるのかどうかについて考えた。火器が発達してきた近年では剣術は競技としての存在になりつつあった。
ジャックも十代の頃にやっていたフェンシングでレイピアの扱いはそれなりに自信があったが、両手剣のツーハンドソードは教育として少し教わったくらいだ。
エクスカリバーはそのツーハンドソードに似ている。
同じ扱い方で大丈夫だろうか?
魔獣に有効なら、是非使いたい。
ローズウォールに行った日の夜の事を思い出すと鞘から抜く事にかなり抵抗を感じるのだが、シエルがこの車両が潰されないように魔術をかけ続けているのを見ていると、じっとしていられないような気分になってくる。
鞘をしっかりと握りしめ、柄に恐る恐る力を込める。
そっと前方に引いてみると、拍子抜けるほどアッサリと刀身が鞘から抜けた。
あの日のあの苦しみは何だったのかと言いたくなる。
ジャックがエクスカリバーの青白く光る刀身をジッと眺めていると、不意に中央の窓ガラスが割れた。
「きゃぁ!!」
ギシャァァアアァァア!!!!
ワイバーンが割れた窓をのぞき込み、身も凍るような唸り声を上げた。
「っ!!シエル、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
術者の集中力が切れたからか、車体の天井が歪んできた。
「蔦を外してくれ!!お前たちの道連れになるなんてごめんだ!」
蔦でぐるぐる巻きになった刺客達が車体を襲う異形の姿に恐れをなし、騒ぎ始めた。
何で大人しくしていられないのかと、頭が痛くなってくる。
「今外に出たら逆に危険なんじゃないです……?」
シエルが戸惑ったようにジャックを見詰めてきた。
刺客達がいる場所と自分達がいる場所はワイバーンが攻撃を繰り返す窓の向こう側だから、わざわざそっちまで行く事に抵抗を感じる。
「蔦が切れたぞ!」
男の一人が勝ち誇ったように取れた蔦とナイフを掲げてみせた。
隠し持ったナイフで切り取ったようだ。
「あ!!」
その男は声を上げたシエルには見向きもせずに、生き残った刺客達の蔦を次々に切断し、車両の手動ドアを開けて外に転がり落ちた。
残りの刺客達もそれに続く。
ワイバーンは窓に攻撃を繰り返す個体だけではない。複数いるのだ。
外に出た男達を見逃さず、巨大なワイバーンが屋根から飛び立ち、男達に襲い掛かった。
「……っ、もう!!」
隣で唇を噛みしめていた、シエルが駆けだした。
「待て!行くな!!見捨てた方がいい!」
ジャックはシエルの細い腕を掴んだが、振り払われてしまった。
強い目力で見られ、思わず腕を掴む手の力を緩めてしまったのだ。
「ジャックさんはここに居たらいいです!」
小さな背中が列車の扉を抜け、刺客達を追いかけていく。
(何で赤の他人をそこまで気にかけるんだ!!)
理解できない苛立ちが募るが、黙ってみている事なんてできず、ジャックも走って追いかけた。
「私はここにいる!!そんな奴ら襲う価値なんかないわ!」
シエルがワイバーンの背に向かって声を張り上げる。
「シエル、煽るな!列車の中に戻ろう!」