4-10
ジャックは先ほど最後尾の車両が切り離された方法を疑問に思っていた。
車両の連結器の取り外しは毎年多くの犠牲者が出る程危険な作業であり、同じく死亡者の多い運転士と共に、蒸気機関車に関係する仕事はあまり人気がない。
赤い魔法陣が強く発光すると、周囲の空気が揺らぎ、金属でできた連結器がオレンジ色に変化していった。
この金属がもしも鉄だったら、魔術で1500度程度の温度まで上げている事になる。
(凄いエネルギーだ……。)
ジャックは連結器が赤く変形する様に魅了され、凝視してしまう。
「ジャックさん危ないからもう1号車に戻った方がいいわ。すぐに扉を閉めてね。」
アルマに声をかけられ、ジャックは我に返った。
「あ、そうですね。アルマさんも気を付けてください。」
ジャックはアルマに敬礼し、1号車の扉を閉めた。
1号車の天井とすれすれの部分には大きな光の魔法陣が描かれていた。
魔法陣の真下にはシエルとヨウムがいて、杖の先や、嘴の先に白い光が宿っている。
「何をしているんだ?」
「ミテワカルダロ」
「ヨウム、説明しなきゃさすがに伝わらないよ。私達、1号車の車体に強化の魔術をかけていたんです。おばあちゃんも後続の車両にかけると思うけど、これから先何が起こるか分からないから、強度を上げておこうと思って」
「なるほど、いい考えだな」
2号車がかなり後方に見えるようになってから、また巨大な影が通りすぎて行った。
やはりこの列車がターゲットになっている様な気がする。
しかも影が複数通ったように見えたが、見間違えだろうか?
「ちゃんと私がこっちに乗っているって分かると思います?」
「どうだろうな。魔獣って何をもって個人を判別するのかも分からない。」
「魔術師は、個人ごとに魔力のタイプが微妙に違うみたいだから、それで判別できると考える事もできますね。もっとも魔獣たちが私の魔力のタイプを知っているのも違和感がありますが」
「そういえばさっきシエルが魔術を使った後に魔獣が現れたな。」
「つまり自分で墓穴を掘ったと!?」
妙に明るく言うシエルがおかしくて、ジャックはこの状況にも関わらず噴き出してしまった。
「使ってしまったものはしょうがない。それとちょっと気になったんだけど、今影が複数体分通り過ぎなかったか?」
「確かに言われてみると、2、3回に分かれて影が抜けていった気がします」
シエルは煙がかからない方の窓に走って行き、上空を見上げた。
ジャックもシエルの後に続き、上空を見上げる。
「今通り過ぎていった影の主、ドラゴンの姿に見えました……。あそこを見てください。黒い点が3つです」
「ドラゴン!? ていうか、ドラゴンって、魔獣なのか?伝説上の生き物だと思っていたけど……」
シエルの指さす方を見ても、ドラゴンらしい姿は確認できなかったが、確かに上空で黒い点が複数個確認できた。
「ドラゴンというか、ワイバーンと言うのかもしれません。ドラゴンの一種ですが、翼と一体化した前脚に特徴があります。恐竜のプテラノドンの骨格を見た事ありますか?」
「王都の博物館に一度巡回展示で公開された事がある。それと似てるって事か?」
「似てると思います。けど、ワイバーンはそれよりも大きいですし。力の強さは比べ物になりません」
「飛んでいる対象と戦う事になるのか……」
「そうなるかもしれませんね」
あんなに素早く滑空する相手とどう戦うのかまるでイメージが湧かず、ジャックの視線は自然下がっていく。
正直自信がないのだ。
話しているうちに、蒸気機関車は先程話に出た駅を通りすぎた。
ジャックが屋根に登ってからもう20分は経ってることになる。
「おばあちゃんがルパートに、2号車以降の車両と1キロ程度は離してから停車するように電話で伝えていたけど、駅からも距離を充分とってから停まる気なんですかね……」
「駅に被害が有ったら、多くの人の生活に影響が出る。近くでは停まらないんじゃないか?」
駅を通りすぎてから5分ほど経ち、再び影が降ちてきた。
それだけではなく、車体にズシンッと衝撃がかかった。
「屋根の上に乗られてしまってます!」
シエルが指さす方を見ると、小麦畑に列車の影が落ちていて、その影の屋根部分に何か巨大な生き物の影が乗っているのが分かった。
「でかい……」
先ほどシエルが言っていたように、飛竜の姿をしたソレは車体の半分を占める程度の体長だろうか?
巨大な翼を羽ばたかせると窓からも黒い翼が見えた。
天井からガリガリと爪が擦れる音が聞こえてくる。
すぐそばに邪悪な生き物がいるという緊張感。ジャックは心を落ち着かせる為に深く深呼吸した。
(やばいだろこれ……)
列車がぐんと減速し始めた。
「ルパートがブレーキをかけてくれたみたいですね」