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「これは、一体……」
モス卿に呼ばれ、別室へ踏み込んだジャックが見たものは、顔見知りの王室師団員3名とモス卿、そして床に倒れる見知らぬ男女4名だった。気を失っているのか、絶命しているのか。おそらくアルマが呼んでいたという魔術師達だと思われる。
「心配するな、睡眠薬を盛っただけだ。無駄に動かれては迷惑なのでな」
「モス卿……何て事を……」
尊敬する上司のあり得ない行動にジャックは動揺した。
「ジャック、お前はこちら側に付け。そうしたら殺しはしない」
(殺す……だって?)
今相対しているのは、合唱を愛するただの優しい上司ではない。
考えを改める必要があるのだ。
ジャックはなかなか思考がまとまらず、言葉を返すのには少しだけ時間を要した。
「あまりに急ではないですか?こちら側という意味が分かりません。内容を話さず俺に選択を迫り、望まぬ方を選んだら殺すというのは、関心しませんね。あなたはいつのまにか反社会的勢力にでも所属していたんですか?」
モス卿は一瞬顔をしかめたものの、咳ばらいをしてジャックの目を見つめ直した。
「3日前から国王が危篤状態なのは知っているか?」
「昨日新聞で読みましたが……。それが何か?」
「元老院は新たな王を選ぶ必要があると考えている」
「アースラメント家には2人の王子がいますよね?王太子のアルバート様が次の王になるのでは?」
「普通ならそうだろうな。だがこの国ではそれが許されないのだ。現国王陛下は次の王にシエル様を指名した」
「シエル様って、もしかしてシエル・ローサーですか?」
「そうだ」
「嘘でしょう……?」
ここ数日で仲良くなり、気軽に呼び捨てしていた相手が次期国王になるかもしれないというのか?
とても信じられる話ではなかった。
「何の罪もないシエル様には悪いが、王都に着く前に死んでいただく」
「そんな事……許されていいはずが……」
隣の部屋から銃声が数発聞こえてきた。
ジャックがハッと音が聞こえてきた方を見やると、モス卿が笑い声を漏らした。
「向こうは決着がついたかもしれんな。我々4人だけで暗殺を仕掛けていると思うな。協力者くらい用意しているのだよ」
「まさか、さっきのバーテンダー……」
ジャックが飲み物を断りに行った時のバーテンダーの挙動が今更ながら不審に思いはじめた。
「そろそろ西ヘルジアも近代化すべきだとは思わんか?優秀で人格も素晴らしいアルバート様が国王になるべきだ。魔力の有無など化学兵器が発達してきた昨今では取るに足りない要素にすぎない」
「だからと言って、あんな純朴な少女を殺すなんて……。他に手があるのではないですか?あなた程の人が話し合いを放棄して物理的な力の行使で望み通りの結果を得ようとするとは……、とても、残念に思います」
あんなに人を助けようと、元気づけようと必死になってくれる少女をいとも容易く殺すというのか。ジャックは気づけばモス卿を強く睨んでいた。
「残念だよジャック。君の事は目にかけていたのに。おい、ジャックを拘束しろ。多少手荒にしても構わん」
モス卿が後ろに控えていた王室師団の面々に声をかけると、ジャックの同僚の一人が前に出てきた。
「悪く思うなジャック。お前の物分かりの悪さを呪うんだな」
手にはサーベルを持っていた。
銃を使わないあたり、一応の配慮はあるのかもしれない。
「コニーまた有利な方に付いたのか?手のひら返しが得意なお前らしいな」
「なんだと!減らず口を叩けないようにしてやる!」
コニーはサーベルをジャックの鳩尾に向けて突き出す。
ジャックはそれを体をねじって避け、右手でコニーの上腕左手で肩を掴み、外側からひっかけた足をすくいあげるようにして、コニーを床に叩きつけた。
落ちたサーベルを拾い、コニーの首に突きつける.
「……っ、くそっ!」
ニヤリと笑うと、モス卿はジャックに銃を向けた。
「そこまでだ」
「手段を選ぶな。ここで計画が頓挫するわけにはいかない」
「了解いたしました」
残る王室師団の2名もジャックへ銃を構えた。
(やばい。ここまでか……)
ジャックもモス卿に銃を構えるが、3対1では流石に負けを覚悟せざるを得ない。
銃を構えたものの、ジャックには上司に対して発砲し、殺す覚悟なんかなかった。
つまりもう死ぬしかない。
(情けない……。こういう所が俺の中途半端な所なんだ。エクスカリバーを所持しても何も変わってない)
ガチャリと引き金を引く音が響いた。
反射的に目を瞑ったが、何時までたっても痛みが訪れない。
恐る恐る目を開いてみると、銃弾が何か透明な壁のようなものにぐにゃりとめり込んでいた。
「くそ、どうなってる!」
モス卿が逆上したように何発も発砲するが、全て音もなく壁に吸い込まれる。
「ジャック!モタモタスルナ!」
コミカルな声が後方から聞こえた。
この声は……。
「ヨウムか!?」
「ソウダ!オマエノ オモリ メンドクセーゼ!」
後を振り返るとカーテンに同化するように灰色の鳥ヨウムが翼を広げていた。
目立たなさが役に立ち、今まで気づかれなかったのだろう。
そしてたぶん彼が魔術で防御壁を作ってくれていたのだ。
ジャックは感謝の思いでヨウムを見つめた。
「ズラカルゾ!」
(そうだ……、さっきの銃声は……。シエル達はどうなってる!?)
シエル達がいた隣の部屋への扉を開け、踏み込むとバーテンダーが頭から血を流して倒れていた。
ぞっとして、慌てて室内を見渡すが、誰もいない。
前の車両へ続く扉から出たのかもしれない。
もしくは連れ去られて……。
頭に浮かんだ嫌な考えを振り払い、扉に向かって走りはじめると、車両の動きが明らかにおかしくなった。
(この列車減速してないか?)
減速するだけでなく、急に進行方向側の扉が開き、車内にに突風が吹いて来た。
風に煽らる扉の向こうをよく見ると、前の車両の通路にシエルとルパードの姿が見えた。
「ジャックさん!」
「シエル!?」