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前方の車両に続く入り口が開き、先程ローズウォール駅で会ったケインズが入って来た。
手に持つのはクロッシュで覆われた皿だ。
「いかがお過ごしですか?我が社が用意した贅を凝らした内装は気に入りましたでしょうか?」
「お陰様で快適に過ごさせていただいてるわ」
「それは何よりです!」
電車の揺れなど物ともせずにケインズはシエル達2人の元まで歩いてきた。
「お二人に特製のデザートをお持ちしましたよ」
「あら何かしら?」
アルマが嬉しそうに胸の前で両手を重ね合わせ、ケインズに笑いかけた。
「きっと喜んでいただけるかと」
ケインズはシエル達の目の前に皿を差し出し、もったいぶった身振りでクロッシュを取り去った。
(ん……?)
そこにあったのは可愛らしいデザートではない。一枚のカードだ。
”モス卿は裏切り者です。この先で魔獣が待ち構えています。”
「な……っ!?」
「ふ~ん、とても美味しそうね」
動揺するシエルとは逆にアルマは好戦的に笑いをこぼす。
アルマはソファから立ち上がり、ツカツカとバーカウンターまで歩いていった。
「わたくし達の紅茶は?」
アルマに声をかけられたバーテンダーは異様に慌てふためいた。
「あ……もう出せますが……」
「あら、そう?」
アルマはバーカウンターに置いてあるミルクピッチャーを不意に掴むと、傾けた。
ミルクがこぼれたらバーテンダーの手にかかりそうだ。
「ヒッ!」
バーテンダーの青ざめた顔をアルマは性質の悪い笑みで見上げ、首を傾げた。
「どうしたの?」
「や、やめてください」
「あなたの手にかかったらまずい理由でもあるのかしら?」
バーテンダーの視線はアルマが持つミルクピッチャーとカウンターに置いてあった半分になったレモンを行き来する。
(なるほど、あのミルクピッチャーには毒物が仕込んであるんだわ)
アルマが何故蒼白のバーテンダーを煽るような真似をしているのか、シエルにも分かった。きっとミルクには毒が仕込まれている。
知らずに飲んだら、死んでいただろう。
ミルクがバーテンダーの手にかかったら、もしかするとレモンを輪切りにした時についたレモンの汁で、毒性の強いガスが発生するかもしれない。バーテンダーはそれに巻き込まれたくないのだ。
アルマが何故事前に気づけたのか不明だったが、祖母はカマをかける癖があるので、たまたま当たっただけという可能性もある。
バーテンダーがギリッと歯を鳴らし、アルマを睨み付け、ポケットからナイフを取り出した。
「随分可愛らしい獲物だわ。少しはわたくしを楽しませてくれるのかしら?」
アルマは杖から仕込みのレイピアを抜き、スッと目を細めた。
アルマの美しい髪がフワリと広がり、レイピアが紫のプラズマを帯びた。
「俺のスピードに勝てると思うなよ!」
バーテンダーがアルマに切りかかる。
「おばあちゃん!危ない!」
銃声が2,3回響いた。
声もなく、倒れたのはバーテンダーだった。頭を撃ち抜かれ、寄木細工の床が血で染められてゆく。
「あら、あっけない」
「申し訳ありません。あなたが襲い掛かられるのを何もせず見ている事は難しかったのです」
後方を見やると、ルパートが銃を降ろしていた。
撃ったのはルパートで間違いないだろう。
ルパートはいつもの人懐こい顔が嘘のように無表情だった。
「いいのよ。良くやったわ」
「な、なにも命を奪わなくても……」
シエルはガタガタと震え出した。人が死ぬのを見るのは、父が殺されるのを見て以来2回目だった。
「シエル、割り切ってちょうだい。ルパートはわたくし達を守る為にバーテンダーを殺したの。彼を迷わす事を言うべきではないわ」
「でも……」
アルマはそんなシエルにため息を尽き、手首を掴んだ。
「行くわよ」
「どこに?」
「1号車よ。ルパート」
アルマはシエルを引きづるように移動しながら後ろに控えるルパートの方を振り返った。
「はい」
「わたくしとシエルが前の車両に移動したら魔術で車両の連結器をはずしてちょうだい」
「了解しました」
車内を見渡し、ヨウムを探すが見当たらない。ジャックもモス卿に呼ばれたきり戻って来ない。
「ヨウムとジャックさんは……?」
「ジャックさんはもしかすると・・・。ううん、まずはあなたの命の安全が優先よ。ヨウムは自力で王都まで飛んでこれるから大丈夫よ」
ジャックさんはもしかすると・・・・の続きは王室師団の側についているかもしれないといいそうになったのだろうか?
せっかく親しくなったのに、敵対する事になるなんて考えたくなかった。