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4-3

「2年前、バーデッド子爵領で起こった鉱山の爆発事故はご存知ですか?」


 ジャックの問いかけにアルマの目はスッっと細くなった。


「新聞で大きく取り上げられてたわね」


「それは、魔術師達の実験が絡んでいるのではないですか?」


 ジャックは何を聞こうとしているのだろう。

 バーデッド子爵というのは、たしかジャックの家が持つ爵位だったはずだ。

 もしかしたら不穏な話になるかもしれないと、シエルは眉を下げて2人を交互に見た。


「少なくともわたくしが会長を務める魔術師協会が関与した実験ではないと言っておくわ。わたくしもあの事故の不自然さが気になったから、情報を集めていたのだけど、科学省が絡んでいたみたいね」


「そうなんですね……」


「このごろ、王家に組しない魔術師達の動きを管理しきれていないの。協会長として申し訳なく思っているわ」


 アルマが人に謝罪の言葉を口にするのを初めて聞いた。

 もしかすると今日は槍が降るかもしれないと、シエルは内心震え上がった。


「わたくしも腑に落ちない事があるのよ、ジャックさん」


 フットマンのルパートが自動車からの荷物を運び終え、乗り込んでくる。

 その後すぐに蒸気機関車の汽笛がなり、ゆっくりと車体が動き出した。


「なんですか?」


「どうしてあなたは、最近の魔術師達が関わる実験をご存知なのかしら?」


(それは、確かに……)


 3人それぞれが、窓の外や握りしめている杖等に視線を落とし、誰も目を合わそうとしない。

 とても気まずい空気。


「昨日とある人物に教えてもらったんです」


「トアルジンブツ!!」


 ジャックの肩に停まっていたヨウムがいきなり大声でジャックの言葉を真似るので、シエルはビクリとした。

 昨日シエルが目を離した隙に、ジャックは誰かと会っていた。

 別に監視しようと思っていたわけではないが、何をやっていたのかくらいは気になっていた。でも 戻ってきたジャックの様子が尋常ではなかったので、聞かない事にしたのだ。


「現代の魔術師が使用可能な魔術の上限に関わる事については、なるべく他には漏れないようにしていたの。特に近代科学に関わりある部分は。知っているのは魔術師協会や科学省の上層やまだ耄碌してない元老院の一部くらいじゃないかしら。ジャックさんは昨日誰と会ってきたのかしらね」


「それは……」


 ジャックには言うか言わないかの迷いがあるように思える。


「ジャックさん、私達を信じてください。魔術師は偏見を持たれやすいですが。普通の人間です。私もおばあちゃんも親しい人の力になれる事を誇りに思う程度の良心はあります。何でも相談してください」


 目をしっかりと合わせ、シエルがそう言うと、ジャックは軽くうなずいた。


「昨日、俺は……」


「ジャック!」


 隣の部屋に続く扉が開き、モス卿が顔を出した。


「打ち合わせをしているから混ざってくれ!」


「え!?了解しました!すいません、ちょっと向うの様子見て来ます。話の続きはまた後で!」


 ジャックがバーテンダーに飲み物を断り、扉の向こうに去って行った。


(せっかく腹を決めてくれたみたいだったのに……)


 シエルががっくりとしていると、ジャックから離れたヨウムがシエルの肩に乗ってくる。

 正直重い。


「ジャックさんには監視と護衛両方できる者についてもらわないといけないわね」


「そんな有能な人いるの?」


「あなたの肩に停まっているソレがちょうどいいと思うわ」


”ソレ”つまりヨウムは頭の羽毛をブワッと膨らませ、首を伸ばした。


「オトコ ト ツネニイッショ ハ ゴメンダ」


「あなたしか適任はいないと思うけれどね」


 ヨウムは苛々したようにシエルの肩を行ったり来たりした後、パタパタと何処かへ飛んで行ってしまった。



 まぁでも、ヨウムは最終的にはアルマの言う事を聞いてしまうのだ。

 シエルよりも遥かに長く生きているあの使い魔はアルマには絶対に逆らわない。


 取りあえずヨウムは放っておいて、シエルにも気になっている事があった。


「おばあちゃん」


「どうしたの?」


「王都に行っても、私達一緒に暮らせるよね?」


 シエルは不安だった。王都に行ってら今まで通り魔術だけを探求する生活は出来ないかもしれない。

 アルマと暮らせなくなるかもしれない。

 今まで悩み事があると何でも相談してきたのに、これからは出来なくなるのだろうか?


「あなたが望めばほとんどの事が叶う様になる。わたくしと一緒に住む事も、魔術に専念する事も」


 本当にそうなのだろうか?

 王都に着き、アースラメント宮殿に入ったら最後、もう外に出る事すら出来なくなるんじゃないかと想像してしまうのに。


「ただ最初は苦労するかもしれないわね。でも慣れない場所に行き、生活するのは誰でも同じじゃない?」


「そうかもしれないけど……、不安なの。数年前に、元老院から手紙をもらったときからずっと。王都に行ったら、私はまた一人ボッチになるんじゃないかって……」


 アルマはシエルの握りしめた手にそっと手を重ねた。


「どこにいても、わたくしはあなたの祖母よ。姿が見えなくても、誰よりもあなたの事を思ってるわ」



「おばあちゃん……」


 珍しくカラリとした笑顔を見せる祖母の顔が、シエルの目に溢れる涙で曇っていく。

 重圧に負けてしまいそうで、ほんとは逃げ出してしまいたい。

 でも逃げないのは、祖母と一緒にいたいからだ。


 シエルは現国王に、次の王になるように指名されているらしい。


 数年前から国王候補だという事は伝えられていたが、シエルは、まずないだろうと高を括っていて、アルマからその手の教育を受けても、話半分に聞いていた。


 現国王には息子が2人いるのに、自分が選ばれるはずがないと思っていたのだ。



 しかし現実は容赦なかった。

 選ばれたのはシエルだ。


 

 王位に就く事が急に現実味を帯びてきたのは、国王の急病によるのだろう。



 この国の象徴として祭り上げられて、自らの魔力を国を守るために使う。

 自分に果たして出来るのか?


 王の子でもないのに王位を継ぐ者が出てくるのは、この国の不思議の一つだった。

 王位は直系長子先継が普通なのだが、その全てを覆すものが魔力の有無だ。


 王家アースラメント家に魔力ある王子や王女がいるのならそのものが優先される。だが、現王の子らには魔力はない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、先王の姪孫であるシエルだった。


 シエルの祖母アルマは王家出身で、伯爵家に嫁ぎ、魔術師協会の業務を一手に引き受けていた。そのため、王位継承権はシエルよりもずっと高い。

 だがアルマが次の王を辞退したのは、年齢にそぐわない見た目のまま国の顔にはなれないという事だった。


 昨今は白黒写真や印刷技術が発展してきており、国王の顔も全世界に公開されるのだ。



 すんなりと王になるというなら、そこまで抵抗を感じなかったかもしれないが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。現国王の意志を無視して第1王子を担ぎ上げようとする動きがあるとかなんとか……。正当な継承順を守るのが筋だと言う事のようだ。

 国王への選出は国王の意志と議会の決議の両方が必要になる。国王からの指名を受けているシエルだが、議会からの決議はまだ降りていない。


 大人達の話し合いは時間がかかるのだ。

  


「王子様が国王になりたいとお考えなら、私は身を引くけど……」


「王がただの飾り物ならそれでもいいかもしれないけど、役割があるから、そんな簡単な話でもないのよ」


 




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