4-1
午前9時
シエルはローズウォール駅の壁に掛けられている大きな時計を眺めながら目を瞬かせた。
自分の服装が王都でダサくないかどうか気になってくる。
ちょうど1か月前に大きな襟が付いたシンプルな白いドレスを作っていたので、それを着てきたものの、仕立て屋が言うように、本当に王都で流行っているのだろうか?
今まで仕立て屋の言う事に逆らわず、ドレス等の衣服を調達するくらい、服装に関して拘りを持っていなかったシエルだったが、何だか弱気になってくる。
たぶん初めて王都に行くからだ。
昨日グニャグニャになったエクスカリバーだったものをジャックが出すのを見た後、アルマから王都への移住の話をされた。
明日には引っ越すとの事なので、慌てて傾いてしまっている自宅に戻って荷造りし、数少ない友人達に挨拶してまわっているうちに、あっという間に一日が終わってしまった。
正直に言うと、もう少しだけ時間がほしかった。
シエルにとってこの街には思い入れが強いので、時間をかけてお別れをしたかった。
シエルの父、つまりアルマの息子は東ヘルジアの優秀な魔術師と結婚した。
普通なら西と東の人間は結婚など出来ないから、駆け落ち同然だったらしい。
結婚生活は長くは続かず、シエルがまだ幼い頃シエルの母は、東ヘルジア政府からの追手に捕まり、連れ戻されてしまった。その際に父は命を落としている。
東ヘルジアでも西と同じように、魔術師の利用価値は高いと見做されているようなのだ。
一人ぼっちになったシエルは、アルマに引き取られ、この地へやって来た。
それからずっと祖母と共に魔術の鍛錬に励みながらエクスカリバーを守ってきた。
「アルマさん達はすでに車両に乗り込んでるみたいだ。そろそろ行かないか?出発までもう10分程度だ」
「あ、もう時間に余裕がないんですね」
ジャックがシエルが座るベンチまできて、荷物を持ってくれようとする。
「あ、それはルパートが運んでくれます」
「いいよ、このくらい」
ジャックは荷物を持とうと一回もち上げたが、ガクリと落としそうになる。
「い、意外と重いな……」
「水晶や本を詰め込んでるんです……」
「どおりで重いわけだ」
フットマンのルパートや王都から来た軍人達はシエルの荷物のうち、軽い物から運んで行ったらしく、ちょうど最後の荷物が一番重かったみたいだ。
「ジャックさん昨日だいぶ眠そうでしたけど、良く眠れましたか?」
「昨日夕方に横になって、目を覚ましたのが朝の7時頃だったから、14時間くらいは寝たのかな」
「それは熟睡でしたね」
昨日ジャックはエクスカリバーを出そうと何度かチャレンジしたものの、全て溶けた様な状態だった。ついには力を使い過ぎたジャックが膝をついたので、取りあえず保留になった。
保留にはなったものの、ずっと守ってきた剣が無残な姿を見るのはあまり面白くはない。
チラリとジャックを仰ぎ見ると、切れ長の目がまだ眠そうにトロンとしていて、チャレンジしてほしいとまた頼むのは無理そうだ。
「王都に着くまでに眠ってたらいいですよ」
「うーん、でもアルマさんに聞きたい事があるからな」
そういえばジャックはアルマに用が有り、ローズウォールに来ていたのだった。
色々な事が立て続けに起こり、聞くのを逃してしまっていたらしい。
「それにしても、何で急に王都に引っ越す話に?」
「ああ、おばあちゃんから話をされた時、丁度ジャックさん寝てましたもんね。今年王都に移住するという話は前から聞いていたんですけど、こんなに早まるのは自分も予想外です。王様が倒れた時に、私の事を口にされたとかで……」
「王様が?」
ジャックに本当の事を言おうかどうか、シエルは少し迷ってしまう。いずれ彼も耳にするだろう。
でも王都に着くまでの間でも、普通の友人でいてほしい……。そんな思いがシエルの口を噤ませた。
「シエルー!!」
ジャックと話しながら改札を抜けようとすると、入り口の方からシエルを呼ぶ声が聞こえて来た。
(げ、この声は……)
「シエル!王都に行くって本当か!?」
風船の様な身体を揺らして走ってきたのは、市長の息子、オリバーだった。
「そうよ。あなたとは今生の別れになるかもしれないわね!」
シエルがオリバーにニヤリと笑いかけてやると、オリバーの顔が泣きそうに歪んだ。
「これを……」
オリバーが差し出してきたのは、ブルーベルの小さな花束だった。
(花言葉は”変わらぬ心”?)
「俺は、ビッグな男になってお前に会いに行く!それまで元気でいろよ!」
「オリバー、これ以上太ったら部屋から出られなくなるわよ!」
「そっちのビッグじゃねー! おいお前!」
「俺?」
オリバーはジャックを指さした。
「そうだ!シエルを守れよ! 必ずだ!」
「勿論守るさ。シエルは俺の友人だからな」
「男同士の約束だからな!」