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プロローグ2

 祖母のノートの通りに呪印の文様のメモ岩に刻みこみ、シエルの魔法で活性化させたら結界は再び機能するだろう。


 シエルは岩に手をかざし、自分の中に流れる魔力を集中させる。

 岩肌にゆっくりと光の文字が浮かび上がる。1文字ではなく、複数浮かぶ。失われた古代文字が光の輪になり、岩にまじないをかけていく。

 シエルが光の輪を岩に押し込む様に動かすと、岩は大きく一度光を放ち、最後に古代文字の1字と山羊の絵が組み合わされた光の文様が浮かび上がった。

 最後の一つという事もあってか、呪印を刻む際シエルの魔力が容赦なく吸い取られていく。


「……っ!」


 岩肌にガリリッと呪印が刻み込まれた。

 先ほどまで消えていた結界が蘇り、騒がしかった森の木々が少しずつ沈黙しはじめる。

 恐らく魔術は成功した。

 大きな魔術を何度も使用したので、シエルはかなりの疲労感に襲われ、地面に座りこんだ。


 ポケットに突っ込んできたスコーンを口に運ぶ。

 一人で食べるおやつは何だか味気ない。


「夜はおばあちゃんと一緒に夕飯食べたいな……」


 この日最後の光を投げかける沈みかけの太陽を見ながら、シエルはため息をついた。


(早く帰ろう)


 立ち上がり、ドレスについた土を払っていると、やや遠くから何か聞こえてきた。


 パーンと破裂する音と、恐ろしい唸り声。

 普通の獣の声ではない、背筋が凍りつくような魔獣の声だ。


 シエルは青ざめる。


「そんな……この近くにも魔獣が侵入しているの……?」


 どうしていいか瞬時に判断出来ず、立ち尽くしていると、人間の声のようなものもうっすらと耳に届く。


 人が襲われているのだ。普通の人間ならば、魔獣相手になすすべなく殺されてしまう。


 シエルは迷いを捨て、声が聞こえた方向に走り出す。

 自分が行くまでにどうか無事でいてほしい。

 発砲音を頼りに走る。


 この辺りの森は行政から立ち入りが禁止されているはずなのだが、一体誰が入って来たというのか?




◇◆◇




 何者かが戦う気配はかなり近い。

 シエルは周囲を見回す。



 黒い生き物が見えた瞬間、傍の老木に高速で何かが当たった。


「キャア!」


 自分が数センチずれた所に立っていたら、おそらく顔に当たっていた。

 頬に風圧を感じるくらい近くを通りすぎたのだ。


 真っ青になり、何かが飛んできた方向を見ると、長身の男が驚きの表情でシエルを凝視していた。 男の持つ銃の弾が危うく自分を殺しかけたらしい。


「誰だ!? ここで何をしている!」


 ハスキーな大声にシエルはビクリとした。


 それはこちらのセリフだと返したいシエルだったが、男と対峙するように黒い塊が見え、事態の深刻さに気づいた。


「魔獣!」


 黒く巨大な生き物は男に向かって、俊敏に飛び掛かった。

 男は反応が遅れ、銃をもつ右腕に噛みつかれる。


「っ!」


 男は左手に持っているナイフの様なもので、魔獣の目を切り裂く。

 巨大な狼の姿をした魔獣は飛びのき、男との間合いを取る。

 目を傷つけられた事で余計に興奮状態になったようだ。


 自分のせいなのではとシエルは茫然とするが、腕を抑え痛みに耐える男の姿が亡き父に被って見え、思わず男の元へと駆け寄る。

 気が付くとシエルは男をかばい、魔獣の前に立っていた。


 シエルは杖を構え、水晶に手をかざした。


 男の息を飲むような音が聞こえる。


「死にたいのか? 俺を置いて逃げた方がいい……」


「私を舐めないでください!」


 シエルの声に反応し、魔獣が2人に飛び掛かる。

 魔獣の爪がシエルの肌を切り裂くより早く、暗闇に紫のプラズマが飛び散る。

 シエルが事前に杖に仕込んでおいた魔術だ。

 高圧の電流をあび、魔獣は情けない悲鳴をあげ、地面に崩れ落ちる。

 いかに巨大な魔獣といえど、電流による激痛と筋肉の硬直は耐え難いものがあるらしい。

 この隙にシエルは魔獣を魔術で出した蔦でグルグル巻きにした。


 (これでたぶん、……大丈夫だよね?)


 シエルは緊張が解けたのか、今更になって震え出した。


 男は噛まれた腕を抑えながら、シエルに近寄ってくる。


「君が持っている武器は初めて見るな。杖から電流を放出したようだったけど、どういう仕組みなんだ? それと君、縄の扱いに長けてるんだな。あんなに生きてるみたいに動かせる奴見たことない」


 男の問いかけにシエルが震えて返事を返せないでいると、男はため息をついて、軍服のような装備からベルトを引き抜いた。

 シエルがぎょっと男をみると、男はベルトを手渡してくる。


「悪いけど、そのベルトで俺の上腕を縛ってくれないか? このままだと出血がやばい」


 そうだった、この人の傷を放置してはいけない。

 シエルに気をとられなければ噛まれていなかったかもしれないのだ。


「もしよければ治療しましょうか?」


 そのまま放置しては、最悪、出血多量死や魔獣の口から入ったであろう雑菌が影響して腕を切り落とさなければならなくなる。


「止血だけでもしてもらうととても助かる」


 男は簡易的な治療を想像しただろう。

 だが、シエルは魔術師だ。


 不可能を可能にする。


 シエルは男の腕に手をかざし、集中する。

 男の腕の上にフワリと浮かび上がった魔法陣は白い光を放ち、痛々しい傷口をどんどんと塞いでいく。


「これは……魔術……?」


 男の声が驚きで上ずっていた。



 シエルは治癒の魔法を使いながら、急激な眠気に襲われる。

 魔力を使い過ぎた時の症状だ。

 先程の結界の再構築の際にかなり消費していたのだろう。


(こんな所で眠るわけにはいかない)


 シエルは意識を保とうと唇を強く噛んだ。

 男の傷を確認すると、完治まではいかないが、かなり跡が小さくなっている。

 もう充分なくらいだろう。



「傷はもう大丈夫だと思います。私は家に帰りま……」


 シエルは話しているうちに意識が遠くなる。

 男の焦ったような声が聞こえたような気がした。

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