3-5
アルマは上座にあるマホガニーのひじ掛け付き椅子に悠々と腰かけ、モルダー市長宅のサロンに集まった面々を見回した。
市長は勿論、ローズウォールの魔術組合副会長(組合長はアルマである)、王都からきた、陸軍王室師団団長や西ヘルジア中央鉄道会社役員の姿もあった。
よくこんな短時間に駆け付けれたもんだと他人事のように思う。
ここに集まったのは、ローサー家の地下に保管していたエクスカリバーの状況説明と魔術師達の今後を話し合うためだった。
20歳以下にしか見えないアルマを侮る者はこの場にはいない。
アルマは若いころ、重力に関する大魔術を失敗した。
魔術の跳ね返りを受けたアルマは体内の時間がほとんど進まなくなり、このように見た目と中身が乖離する事になった。
この事実は西ヘルジア王国内ではトップシークレットとされている。
若かりし頃の大失態を表すこの見た目を30代くらいまでは恥じていたのだが、40代からは開き直り、楽しめるようになってきた。
「伝説の大剣、エクスカリバーのマスターが現れたと言うのは本当ですか?」
陸軍王室師団長を務めるモス卿が口を開いた。
「この目で見たのだから確かよ。」
「それほどの猛者が国内に存在しているとは……。」
モス卿の言う通りである。ジャックがエクスカリバーを引き抜けた事も信じがたいが、魔術で封印を仕掛けておいた扉を全て抜け、エクスカリバーの元まで辿り着けたという事実もまた驚異的であった。
(あの青年は一体……。)
古代王の伝説は史実が元になっている。
つまりは現王朝がこの国を治める前の旧王朝に関する逸話に尾ひれがついたようなものだ。
旧王朝時代も、魔術師は存在しており、古代王がエクスカリバーをこの地に眠らせると決めた時に厳重な結界を組んでいた。その後の新王朝時代の魔術師達はその結界をベースに新たな結界を敷き、大剣を守っていたのだった。
そうしていたのは、オリジナルの結界が全ての生き物に対して発動するだろうという調査結果があったからであり、一部の例外には全く作用しないという仕掛けが隠されていると知っていたら、別の術をかける必要があった。
アルマは古代の魔術師の狸っぷりに苛立ちを覚える。
(結界を考えた奴はいやらしい性格をしているに違いないわ。)
昨夜の出来事により、アルマにはある一つの可能性が思い浮かんでいた。
ジャックが旧王朝の王族の遺伝子を持つのではないのかという事だ。
数々のセキュリティーが作動しなかった理由はジャックが血の上での正当な後継者だったからなのではないだろうか?
今のアースラメント王朝支配に代わる際、長い内乱の末、旧王朝の王族達の中には処刑された者もいた。しかし、直系の子孫の中で生き延びた者もいたと聞く、その血がこの国の貴族の中に残っていたとしても不思議ではない。
ジャックがもし旧王朝の遺伝子を持ち、エクスカリバーの所有者となったとしたら、アルマにとって都合がいい点と都合が悪い点がある。
都合のいい点は、このローズウォールの地にアルマをはじめとする、魔術師達が張り付いていなくてもよくなる点だ。魔術を利用して解決すべき国中の問題事項に対して、魔術師の絶対数が不足している現状の改善が見込める。
都合の悪い点はジャックの存在自体が王家の脅威になりえるという点だ。
圧倒的な力を持つ事で、現王朝への反逆を考えないとも限らないし、誰かに利用される可能性もある。
そもそもこのヘルジアの地が東西に分かれたのも、100年程前の聖槍ロンゴミニアドの暴走をきっかけとする戦争が原因だった。
聖槍はエクスカリバー同様長い間アースラメント家由来の魔術師の管理下に置かれていたのだが、当時の反逆者の手に落ちてしまった。ただ奪われるだけならよかったのだが、力を引き出せる者が存在したのがまずかった。
所有者の使い方次第で伝説の武器は大量殺戮兵器にもなるのだ。
それから、もう一つ気がかりなのは、ジャックが自由に動き回れる存在だという事だった。剣そのものを守るのは、定位置に備え置き、魔術師達がその場にいればよかったのだが、人間そのものを管理するというのは可能なのだろうか?
最悪の選択肢を考えなくもなかったが、所有者が殺されようとしたときのエクスカリバーの暴走が言い伝えられた通りだとすると、簡単に亡き者には出来ない。




