16-7
エクスカリバーを出せたら、この場にいる全員を守れるかもしれないのに、それが出来ない。思い通りにならない自らの身体に歯がゆさを感じる。
しかし何もやらずにただ殺されるわけにはいかない。わずかでもダメージを与えようと、ジャックは銃を構えた。
「気を抜くなよ。まだこちらに関心を示していないが、いつ襲ってくるかわからないからな」
パリエロの注意喚起に、生き残った者達はそれぞれの武器を握りしめた。
「まるで何かから逃げている様な動きですね……」
森からウジャウジャと出て来るそれらは、こちらには目もくれず、鉱山入口に向かって行く。その動きはまるで何かから逃げているかのようだ。ジャックの疑問はパリエロも感じている様で、「うむ」と返事が返された。
「森の中に赤い光が見えます……」
隊員の恐怖を抑え込んだ様な声に、ジャックも森へ視線を向けると、確かに森の入り口付近に赤い光が見える。そのような光り方をする物には心当たりがなく、ジャックは顔を強張らせた。
どう見ても普通ではない。
その光はスッと一瞬消えた後、前方に解き放たれた。
「なっ……!?」
森から現れた魔獣達はその光に焼かれ、身体全体を、または一部を消し飛ばされた。
明らかに魔獣へ向けた攻撃――しかし喜べないのは、これが味方の援護だと思えないからだ。ホープレスプラトゥの生存者はこの場に居る者達の他は、バーデッド子爵家に居るであろうジャックの家の使用人達くらいだから、この様な攻撃を出来る存在は自分達に対して害する存在なのではないかと推測される。
「新たな魔獣……でしょうか……」
言葉を失う隊員達を代表し、ジャックが疑問を投げかける。答える者等誰もいない。
あれほどまでの威力を持つエネルギー波を撃てる存在が、こちらに向かって来るかもしれないのだ。
汗で滑り落ちそうな銃を握り直し、不規則になりそうな呼吸を整える。
全員が息をするのも控える様に注視する中、森から現れたのは、人型の魔獣――いや、人間の姿だった。身なりのいい男の様に見える。
隊員達に動揺が広がる。人だからと素直に安心できないのは、今日だけで、もう何度も恐ろしい目に合っているからだ。
真っ直ぐな姿勢で綺麗に歩くその姿は、気品すらある。目を凝らし、その人物の身体的特徴を確認しようとする。
スラリとした身体にフロックコートを羽織り、暗闇にも分かる程に赤く光る槍を手にしている。
(あれは……っ!)
信じられない思いで二、三歩足前へ足を動かしていた。
「兄貴!!」
ジャックの声に気付いたのか、ブライアンはチラリとこちらを向いたが、近づいて来る事もなく、ただ真っ直ぐに鉱山へと歩いて行く。
「待て!」
すかした態度のブライアンに無性に腹が立ち、ジャックは走り出していた。背後から戸惑いの声がかけられるが、それに応える余裕が無かった。
ブライアンは、鉱山の入り口から内部へと入り、立ち塞がる魔獣をその槍でいとも簡単に殺す。そして追いかけるジャックには目もくれずに鉱山内部を下層に向かって歩く。
「何を考えてるんだよ!?」
疲労感で思う様に動かない身体に鞭打ち、足の速いブライアンを追う。
やっと追いついたのは、入口から高さにして10m程進んだ地点だった。
ジャックが肩を掴むと、彼は煩わしそうな表情で振り返った。
「助けてくれたのか? 俺達を……」
「邪魔だから消しただけだね」
「礼を言う」
正直ブライアンには腹が立って仕方がないのだが、彼のお陰で助かったのは事実なのだ。
「礼? そもそも魔獣が出現した原因は僕にあるんだけど」
「は?」
ジャックの記憶の中のブライアンは好感度の塊の様な男だった。しかし今対面する彼は、ジャックを馬鹿にするように顔を歪め、肩に置いていたジャックの手を振り払った。
そしてまた坑道を奥へと進む。
「説明しろよ。どういう事だ!?」
黙って兄を見送るわけもなく、ジャックは再び付いて行く。
ジャックの中に、フェンリルの静止の声が聞こえた気がした。だが無視する。兄弟の事に口出しされたくはなかった。
「教えてあげなきゃ分からないのか……。相変わらずだなぁ……。まぁいい。昨日僕を川原で拾ってもらった恩返しに教えてあげるか」
「勿体ぶるなよ」
「僕がこのロンゴミニアドの力を使ってワームホールを開けた。2年前も、そして今回も……ね。エクスカリバーを持つ君だって同じことが出来るんだから分かるだろ?」
「全ての元凶が、お前なのか……?」
「2年前は、これ程の被害になるとは思わなかったけどね」
身内の罪の告白に、ジャックは頭が真っ白になるようだった。今まで彼の捜索をし、鉱山事故について裁判で戦い続けていた両親の事、今回の掃討作戦で犠牲になった陸軍の軍人達と魔術師達。許せない気持ちで、ジャックはブライアンを岩壁に押し付け、殴った。
「……つぅ……」
「ふざけるな! お前の所為で、一体どれだけの人間が不幸になったと思う!? よくシレっとした言い方が出来るな!」
ブライアンは、痛みに顔を歪めるどころか、嬉しそうに笑う。
「お前のそういうとこ、本当に好きだよ」
「何だと……?」
「今回のこの混乱で、次期国王とその祖母をおびき出し、死んでもらう。ローズウォールで仕留めそこなったからな」
次期国王という言葉に、ジャックの心臓は大きく鼓動を打った。
(殺そうとしている……? シエルを?)
ジャックがローズウォールに行った時に会った不自然なブライアンの姿を思い出す。その時からシエルの命を狙っていたのだ。
彼女の姿が心の中に思い浮かべば、取るべき行動が自然に決まった。
「シエルちゃんだっけ? 彼女を殺し、アルバート様に即位してもらう。そして共和制に移行させるんだ。この国は魔術師でなければ国王になれないなんて、馬鹿げた国だからね。国政も行政もグチャグチャ。そろそろ近代化を進めないと」
――ガツッ!!
いつの間にか手に現れていたエクスカリバーをブライアンの顔の傍に突き立てる。
「シエルは殺させない。兄貴。お前の存在はここで完全に消えてもらう」
「へぇ……。いいね。面白い」