16-5
(む……これは、棚が怪しい?)
花瓶をどけると、棚の天板には古代文字C,Kが彫られていた。
(たぶん……私の魔力を注ぎ込めばいいよね?)
シエルは手袋を外し、天板に手をかざす。すると、古代文字が青白く輝き出し、突き当りの壁が変化する。今まで見ていた壁は幻影か何かで、本来の姿ではなかったのだ。
現れた壁には扉が一つ付いており、鍵穴が開いていた。恐らくそこに国王陛下に預かった鍵を差し込めばいいのだろう。
シエルは腰に巻いたリボンから鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、回す。すると、カチリと音をたてて開錠に成功した。
ニヤリと笑いそうになるのを慌てて引き締め、シエルは扉を開いて内部へと入った。扉の先は階段があり、下へとと続いている。
扉を閉め、シエルは階段を下りる。進むごとに階段に設置された照明が灯っていく。この照明は魔導装置で、先程の天板に注いだ魔力がエネルギー源になってそうだ。
たぶん天板に注ぐ魔力はアースラメントに由来する種類の魔力でなければ反応しなかった気がする。本来であれば、王族でなければ歩く事の出来ない階段なのだろう。
(これって有事の際に避難の為に使う通路? でも国王陛下がそんな所にわざわざ来させようなんて考えるかな?)
首を傾げながらも、シエルは一本道を進む。階段はかなり深く、すでに普通の建物の3階分程は降りているというのに、終わりが見えない。
本日の建国祭のイベントでかなり疲れてしまったシエルは、途中で休んだりしながら足を進める。
さらに5分程歩くと、階段の先からぼんやりとしたオレンジの光が見えてくる。階段の照明とはまた異なる、炎の様な色合いだ。代わり映えのない階段の風景に飽きてきたシエルは、駆け足で下りる。
階段の終わりに、テニスコート一枚分程の空間が広がっていた。
奥には文字が彫られている石板が見え、そこにいたるまでの通路には複数の篝火が灯されている。
(お墓……?)
現代とはまた異なる趣の室内は、かなり昔に作られた物の様に見える。
国王陛下がわざわざ誘導してくらいなのだから、恐らくここには何かがあるのだろう。
だが、その石板を見た瞬間、シエルの心臓は大きく鼓動を打ち、意識がボンヤリとしてきた。
(何……?)
自然と動く足は、ヒールに慣れてきたはずなのに、石を敷き詰めた床の窪みにどういうわけか何度もはまり、転びそうになるし、いつもよりも歩行に苦労が多い。やっと辿り着いた石板前で、シエルは頭を振る。
(身体がおかしい……。部屋に何か仕込まれてるの?)
そんなはず無いと思いたいが、意志に反して石板に伸ばされる手を見て、シエルはゾッとしてしまった。
(操られてる……私……)
一応高位の魔術師であるシエルは、大体の魔術師による魔術の介入は受けない。だから、この様に何者かに操られるという経験は初めてで、頭の中がパニック状態になる。
(何で……? 一体誰が!?)
伸ばされたシエルの手は、石板を撫でる様に動く。
彫られているのは、『A.アースラメント「我々の心の中に永遠に」』という言葉で、文言から察するに墓の様である。年代はアースラメント朝が王位を得た時期と被っている。
「……アリシア」
勝手に口が動く。そして目からはどういうわけなのか、涙が流れていた。
(何で泣いてるの? 私……)
A.アースラメントという人物の事は知らないのに、その人の死を悲しむ自分がいた。
頭の中に、1人の女性の姿が思い浮かんでいた。太陽の様に溌剌とした、金髪の美女だ。
自分はその少女の事を誰よりも大切に思っている様だった。両親を亡くした自分達は、ただ生きるだけでも苦労する時期があった。彼女を養う事を目的に、他人よりも優れていた魔術で王の側近までのし上がった。だが、王と折り合いが悪くなり、自分はへき地に追いやられてしまった。
苦労続きの自分達だったが、いつでも明るく、真っ直ぐな彼女――妹の存在は救いだった。
(私……この人を助ける為に、死んだ……?)
シエルは流れる涙を荒っぽい仕草で拭う。明らかに自分が生きてきた人生にはない記憶なのに、心が教えてくれる。
(フェンリルが、私の中に2つの魂が入っていると言ってた。だからなの?)
自分の身に起きている変化に不安になる気持ちを押し殺し、室内を歩き回る。A.アースラメントという人物が使用した杖や、業績を記した石板。様々な物が部屋に置かれていた。その中でも、壁の少しくぼんだ所に置かれた羊皮紙の冊子に特に興味を引かれた。手に取り、内容を確認する。
複数のページに分かれて書かれているそれは、1つの複雑な術式を記しているようだった。
D(狭間の世界)、TH(運命の門)、H(限界と崩壊)
これらの古代文字に繋がる様に、補助的な文言がビッシリと書き込まれていた。
(狭間の世界? 一時的に時空を捻じ曲げる為の術なのかな? A.アースラメントさんは凄い優秀な魔術師なんだね)
内容はもっと良く見た方がいい気がする。ミッドランド伯爵邸に戻ったら読み込んでみようと、シエルは冊子を手に戻った。




