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小箱に入っていた紙を開いてみると、地図が描かれていた。
ジッと見ていると、それが先程国王に謁見しにいった時の通路を中心として描かれている事に気付く。国王の私室とは逆側の通路の先に星型の印がついていた。
おそらくそこに鍵を使う何かがあるという事なのだろう。
(行ってみないと……)
国王が今シエルにこれを渡したという事はきっと何か意味があるのだろう。
次に宮殿に来るタイミングがいつになるのか不明なため、今日中に行ってみた方がいいかもしれないと、シエルは決意する。
ハドリーらしき足音が扉の向うから聞こえて来たため、鍵と手紙を小箱に戻した。
◇
陽が暮れてから、宮殿には国内外の着飾った者達が集まる。この国で一番盛大な夜会の開催とあってか、その着飾り様は滑稽なほど煌びやかだ。
幻想的な照明で照らされた室内には、オーケストラが奏でる曲で男女がクルリクルリと舞う。
シエルは本来なら国王代理として一番初めに踊らなければならなかったのだが、急遽参加する事になり、準備不足と理由を付けて、断った。
踊らなくて済んだのは良かったものの、フロアより一段高い場所にある豪奢な椅子に座らされたシエルは、先程からひっきりなしに挨拶に来るゲストへの対応で、かなりの疲労を感じている。
胴を締め上げるコルセットや頭にグサグサに差されたピンのせいで今にも倒れそうなくらいだ。
「1曲どうですかな? 誰よりも輝いておられるのに、一度もフロアにお立ちにならないのは勿体ないですぞ」
以前会合で見かけた事がある元老院のオッサンが馴れ馴れしく話しかけてくる。
(勿体ないとしても、アンタとは踊りたくないよ)
イライラを抑え、口だけで笑みを作り、議員に挨拶する。
「こんばんは。私はここで皆さんが楽しんでいる様子を見ているだけで満足なんです。どうぞ私の事は放っておいてください」
「いや、しかしですなぁ……」
議員の困ったような表情を見て、この人なりにシエルに気を遣ってくれてる事を察する。
しかし有難迷惑なのだ。
「ハドリーさんが貴殿と話したいとおっしゃっておりましたよ。何か重要な事をお話したいのかもしれません」
シエルは驚いて振り向くハドリーを指さす。
「え、シエル様……私が何か?」
困惑する彼に、にんまりと笑いかけると、ハドリーはゲンナリした顔になった。オッサンを押し付けようとしているのを察してくれたらしい。
「私も彼とは一度話したいと常々思ってたのです。シエル様、彼との話が終わったら踊りましょう!!」
「ハドリーさんとごゆっくりどうぞです」
恨みがましい表情でシエルを見るハドリーにもう一度笑いかけ、シエルは席を立つ。
どこに行くのかと聞いて来る世話係の女性に「化粧直しに行く」と伝え、シエルはさっさと大広間を去った。
向かうのは先ほど国王から渡された地図の場所である。
人気がない通路を昼間と同じ様に奥へと進む。大広間に人間が集まっているとはいっても、流石は宮殿で、警備する近衛達は通常運転の様で、等間隔に立っている。
「どちらに行かれるのですか?」
国王の私室の階の通路まで来ると、近衛がシエルを見咎め、走り寄って来た。
次期国王となるシエルであっても、国で一番重要な場所の近くをふらつけば、やはり疑われるのだ。
「国王に頼まれ事をしたので、用事を足したいのです。私を疑うのでしたら、国王陛下に聞いて来ていただければと」
宮殿内で、睡眠等の魔術を使う事は出来れば避けたかった。今後の信頼関係を築けなくなるかもしれないからだ。だから堂々と行く事に決めた。国王から預かった物なのだから、コソコソする必要なんかないはずだ。
「少しお待ちいただけますか? 上と相談してみますので」
「お手数おかけします」
慌ただしく立ち去る近衛を見送り、シエルは腰に巻いた太いリボンを上からなぞる。今着ているロイヤルブルーのイブニングドレスは物を入れる場所が無かったため、しょうがなく、鍵をリボンとお腹の間に挟んで来た。うっかり落としてしまわないように、そして鍵の形がお腹に浮いてしまわないように、シエルはゲストと話す時、ずっとお腹に手を置いていた。もしかすると、お腹を壊していると思われてるかもしれない……。
暫く通路に立ち、近衛を待つと、先程の人物が戻って来る。
「国王の許可が下りました。シエル様を自由に歩かせる様にと。それから国王の私室から北側は人払いするようにとも言われましたので、そのように致しました。お待たせしてすいませんでした」
近衛はシエルに国王の決断を伝えながらも迷うような表情のままだ。このままシエルを行かせていいのかと思っているだろう。
「私の方こそ余計な事を頼んで煩わせてしまって、すいません」
「とんでもないです」
敬礼する近衛に頷き、シエルはまた奥へと進む。
記憶を頼り、地図の場所へ進んでいく。目的地付近まで来ると、飾り棚と花瓶が置かれていた。




