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16-3

「王女は疫病で亡くなったと聞いた事があります」


 シエルの言葉に、国王は目を伏せた。その表情を見て、この話はしない方が良かったかもしれないと思い、後悔する。


「君に言うべきか、言わないでおくべきか悩むところだが……。いずれ君の耳にも入るだろうから、私の口から伝えよう」


(疫病で亡くなったわけじゃないの……?)


 これから国王が口にしようとしている話が少し怖い。

 シエルは剥き出しになっている自分の両腕を抱えるように掴んだ。


「娘は、自殺したんだ。16歳の誕生日に……」


「嘘……、一体どうして……」


 意外すぎる事実に、シエルは国王の琥珀色の瞳を凝視してしまった。自殺だというのは、伏せられていたのだろうか? 匂わす様な事すら聞いた事がない。


「神獣を封じる必要がある周期に王になった者は、この国を守る為に高難度の魔術を使用しなければならない。本来であれば、それは私が背負う事だった。しかし、この通り昔から病気がちだった私は長生き出来ないと言われていた。だからあの子は私に頼る事が出来ないだろうと思ったんだろう。血のにじむ様な努力を重ねた。だが、成長しても封印を行える程の魔力量を確保する事は出来なかった……」


 国王の話を聞きながら、シエルは震え出していた。

 魔術を行う事が出来ないと、思い詰め、死を選ぶなんて、よほどのプレッシャーがなければあり得ない気がする。


 昨日アルマは何と言っていただろうか?

 シエルを生かす為に罪を犯したと、そう言ってなかっただろうか? 関連付けては駄目だと思うのに、口が動いていた。


「お、おばあちゃんが……王女を追い詰めてしまったんですか……?」


「それは違う!」


 国王に大きな声で否定され、シエルは顔をこわばらせた。


(私、何て事言っちゃったんだろう……。どうしよう……)


「あの……。何かありましたか?」


 ハドリーが心配そうに様子を伺いに来たが、国王が「何でもない。下がってくれ」と言ったため、彼は一礼して下がった。


「すまない。だが、ちゃんと否定しておかねばと思ってな」


「はい。ごめんなさい。変な質問をしてしまいました」


「アルマは、自分の所為で娘が死んだかもしれないと、私に謝ってきた。比較的簡単に出来る魔術もあるから、それを使う想定で訓練するように私の父、前国王がアルマと王女に教えたらしい。だがアルマは君を始め、多くの者が術の犠牲になるかもしれないと気が付いた後、王女に対して配慮が足りなくなったかもしれないと……」


「……」


 ジャックが古代の時代で見て来たあの術の事だとピンと来た。シエルはもしかすると、幼少期この国の為に死ぬ事を運命付けられていたのだろうか? アルマはシエルが知らない所で自分を守ろうとしていたのだろうか?


「だが、違うんだ。娘はその魔術すら行えないくらいに……魔力が無い。しかし、魔術に関しての知識だけは豊富だったため、自らがその術を行えない事に気付いた。だから思い詰めたんだろう。遺言状には、君にこの国を任せたいと書かれていた」


「どうして私に……」


「君は昔から東西ヘルジアの魔術師達の間で有名だった。アルマの孫で、東ヘルジアの有力な魔術師の家系の魔術師を母に持つ。それだけでも名前が挙がるには充分だったが、君自身の優秀さは、ローズウォールで君に会った事のある者が口を揃えて言う程だった。娘はきっとその話をどこかから聞いていた」


 話の重さにクラクラしてくる。シエルの存在を意識したから、王女は死のうと思った? 王位を譲るために? アルバート殿下がシエルの命を狙う理由は、きっとそこにある。

 そして、国王と話していて気付いたが、シエルとアルバートの間で起こっている事を、恐らく伝えられていない。


 謝罪を期待していたわけではないが、やるせない様な気持ちになる。そんな気持ちを押し殺し、シエルは口を開いた。


「王女が生き残る道は無かったんですか? 死ななくても、誰かに王位継承権を譲る事は出来るんじゃないでしょうか?」


「出来ただろう。だが、彼女は……直系から王を出せなくなるという事を重罪の様に感じたのかもしれない。一人で悩みを抱え、誰にも相談しないまま死んでいった。彼女の抱える悩みに気付き、支えるべきは私だった。一番罪深いのは私だ」


「そんな事は……」


 シエルは不用意な事を言ってしまわないように、言葉に悩み、結局何も言えなくなった。2人の間に悲しい沈黙が落ちる。

 国王は何も悪くはない。そしてたぶん、シエルも悪くはない。だが歴史や、家族、自らの能力……そういった変えづらいものにお互い巻き込まれているのだ。


 どの位そうしていただろうか? 国王に咳が出て、止まらなくなった。


「大丈夫ですか?」


「ゴホ……ゴホ……大丈夫だ」


「医務官を呼んできます。私はその足で引き上げる事にします」


「悪い。もう少し君に話したい事があったのに……ゴホゴホ」


「また来てもいいでしょうか?」


「勿論。あ……君に渡したい物がある」


「え……?」


 国王は咳き込みながら、サイドテーブルの引き出しを開け、小箱をシエルに差し出す。


「有難うございます」


 受け取ってみると、随分軽く、シエルは首を傾げた。


「人目に付かない所で開けてみるといい」


「はい。では失礼いたします」


 シエルは国王に丁寧に礼をして、ハドリーと共に国王の私室を立ち去った。


 医務官を国王に向かわせてほしいとハドリーに頼み、シエルは控室に入る。一人になってから国王に貰った小箱を開けてみると、古びた紙と、繊細な装飾が施された鍵が現れた。


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