16-2
用意された軽食を食べた後、シエルはハドリーに連れられ、アースラメント宮殿を奥へ奥へと進む。
謁見室等、外部の者でも入室の許可が下りやすいエリアの使用人達の中には、王室の人間でもないシエルが国の顔として振る舞う事に微妙な表情を浮かべるなど、態度に現れやすい者もいた。しかし、宮殿の奥に進むごとに訓練された近衛が配置されている為か、シエル達が前を通っても、表情1つ変えずに敬礼する。
上品な緑のじゅうたんは通路の先まで敷かれている。王の私室はまだまだ遠いかもしれない。
「国王陛下の部屋まであとどのくらい歩きますか?」
「もうすぐ着きますよ。あ、次右に曲がります」
ハドリーに案内され、通路を右手側に曲がると、突き当りに大きな扉が見えた。近衛が扉の前に2名立ちふさがっていて、厳重な守りがしかれている。
「あの部屋ですか?」
「ええ。緊張しておられますか?」
「……かなり」
「王は朗らかな方です。きっと話しやすく感じられますよ」
「そうなんですね。ご負担にならないよう気を付けます」
シエルの答えに、ハドリーは優しく笑い、頷く。
2人並んで扉の前まで行くと、近衛達が敬礼した。
「次期国王シエル様、お初にお目にかかります。ハドリー様から陛下にお会いになると聞いております」
「初めまして。警護ご苦労様です」
「陛下は今起きていらっしゃいますか?」
ハドリーの質問に、近衛の一人は頷く。
「えぇ、先程目を覚ましておられました。ただ、あまり長居はお勧めしません」
「その辺は心配要りません。扉を開けてください」
「はっ! ただいま……」
近衛の2人が両開きの扉を2人がかりで開く。
扉が開け放された広い部屋は上品な調度品で設えられており、どこか温かみも感じられる空間だった。シエルが部屋の中に立ち入ると、薬品の臭いが漂っていて、この部屋の主が病気である事を再認識させられる。
「国王陛下、失礼いたします。シエル・ローサーです。謁見しに参りました」
「……待っていた……」
シエルは広い部屋でも聞き取れる様、出来る限り活舌良く発音する。すると、部屋の奥に配置されているベッドから、かすれた声が聞こえて来た。
(これは、国王陛下の声……)
「シエル様、ベッド脇にお進みください。私はこの辺に控えておきますので、ご用があれば、呼んでくださいませ」
一気に緊張が高まり、立ちすくみそうになったが、ハドリーの背後で扉が閉められてしまい、ベッドまで進む事を余儀なくされる。
「……はい。案内して下さって有難うございます」
「何もお気になさる必要はございません」
部屋の隅で立ち止まるハドリーにシエルは頷き、ベッドに向かって足を運ぶ。
顔を上げ、国王の姿を確認し、シエルは大いに慌てた。国王がベッドに身を起こそうと悪戦苦闘していたのだ。急いで駆け寄り、手を貸す。
「ご、ご無理はなさらないで下さい!」
「ああ、すまない」
国王サミュエルはまだ60歳を超えてはいない。だがその容貌は病気のために痩せ細り、肌や髪には艶がない。しかし、想像したような厳しさは微塵も無く、シエルを見つめる眼差しには、優しさすら感じられる。少しだけ容姿が、亡き父に似ていて、シエルは心臓が掴まれるように動揺した。
「あ、あの……。急に謁見したいと我儘を申し上げてしまい、何とお詫びすればいいか……」
動揺を必死に押し隠し、シエルは早口に捲し立てた。
「いや、私も君と一度話をしたうえでこの世を去りたいと考えていたんだ。アルマに君と合わせてほしいと頼んでみた事もあったが、彼女は私が君を傷つけるんじゃないかと恐れ、拒否してね……」
「そうだったんですね……。おばあちゃんは、いつでも私の事を守ろうと考えてくれますので、ご不快を感じさせてしまっていたならば、申し訳ありませんでした」
「夫と息子を失い、君の存在はアルマにとって生きて行く上での支えになっているんだよ」
「支えでありたいといつでも思っています」
「有難う」
国王はシエルの祖母アルマの兄に相当する。だからきっと、兄として、成長の止まってあったアルマを心配する気持ちがあるのだろう。
「あの……、私を国王に押してくれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論。まず何から話せば良いか……」
「話しやすい事からで結構ですので」
シエルはサイドテーブルに置かれた水差しから玻璃のグラスに水を注ぎ、国王に手渡した。
「すまない……」
水を口にふくむ王の姿を眺めながら、シエルは不思議な気持ちになっていた。父と死別し、母と引き離されてから、自分の血縁者として関わったのはアルマとアルバート殿下くらいだ。
アルバートとは関係がこじれ、アルマとは昨日の話し合いの件で気まずい。どちらも自分の存在が原因になっている。気を抜くと、孤独感に支配されそうだった。この世に一人で生きているかのような……。
それだけに、今国王のあたたかな雰囲気に少しだけ救いを感じている。
(もう少し早く会いに来たかった。こんなに優しい人が死んでしまうなんて、辛すぎるよ)
「私の妻は、魔力の弱い人だった」
再び話始めた国王に、シエルは頷いた。
「そうでしたか……」
「前国王の反対を押し切る形で妻と結婚したんだが、生まれてきた子供達3人のうち、2人は魔力を持たず、唯一魔力を持つ娘一人に国の将来を委ねざるを得なくなった」
「はい……」
その辺の事情は聞いた事があったが、話を邪魔しないよう、シエルは相槌を打つ。
「娘の魔術師としての教育は、アルマに一任していた。妻に似て、魔力の少ない娘を国を背負う事が出来る魔術師に育てるため、アルマは相当苦労したようだ」
王女は才能ある術者だと聞いていたのだが、今まで聞いてきた王女の姿というものは、彼女の努力より成し遂げられたものらしい。
「努力を惜しまない、素晴らしい方だったのですね」
「ああ、自慢の娘だった」




