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15-2

 夜間で不気味さが増した住宅街を抜け、駅を目指す。

 暫く馬を走らせると、暗がりの向うに横に長い建物が見えて来る。駅舎には明かり一つ灯っておらず、何かが潜んでいたとしても気が付きにくそうだ。


 ジャックは馬を降り、駅舎に向かう。


(改札付近で見たって言ってたよな?)


 建物の中に入ってみても、当然ながら人気が無い。


(長時間同じ場所に留まるわけはないか……)


 肩透かしを食らった気分になるが、すぐに諦める事も出来ない。駅のロータリー部分を歩いてみると、何故か急に腕輪が熱を持ち始める。

 

(あつい!)


 最近ではエクスカリバーを使いこなせてきているからなのか、異常な発熱が起こる事も少なくなっていたのだが、今この聖剣は何かを伝えたいらしい。

 腕輪が発熱した場所と駅舎を繋いだ延長上は、3日前に修復した橋に通じる道がある。

 エクスカリバーがわざわざ伝える程の何かが、あの道の向うに居るのだ。


 行くかどうか、悩むまでもなかった。

 ブライアンが居るんじゃないだろうか? 確信めいた思いを無視できない。


 ジャックは駅舎に戻り、再び馬に跨って橋の方に駆ける。


 10分程走ると、川が流れる音が聞こえてくる。

 ここまで来て、腕輪の熱は強くなるばかり。火傷しそうな程の熱さに顔を顰める。


(この先に兄貴が……?)


 馬を橋のたもとまで走らせ、再び降りる。


 夜の川は黒く、まるで生き物の様に蠢いて見える。


 ジャックは虫の鳴き声すら聞こえない静寂の中、砂利を踏みしめ、川岸を歩く。


 ザクリ、ザクリと鳴る自分の足音を聞きながら、慎重に歩いて行くと、コツリとつま先に何かが当たる。


 下を向くと、細長い金属が落ちていた。

 月の光を反射するその輝きは、どういうわけか赤みがかって見え不思議だ。妙にその棒が気になり、良く見ようとその場にしゃがみ込む。


 その金属は不思議な事に、内側からマグマの様に赤い光が明滅していた。


(何だこれ? 危険物か?)


 その金属棒の先端を見ようと左右に視線を向けるが、先は草むらに隠れており、見えない。


 どうしたもんかと悩む事数十秒、ジャックの手の中には出した覚えもないのにエクスカリバーが現れていた。


「む……? 何で勝手に」


 初めての現象に戸惑う。剣に導かれるように自然に剣先を下に向け、真下の金属棒をつつく。


 すると、接した部分がスパークするかのようにバリバリを音をたて、辺りを白く染めた。


「……っ!?」


 不意打ちの、しかもとんでもない光量に目を開けている事が出来ず、手で押さえる。

 しかし、危険な状態である事でもあり、無理矢理に目を開き、金属棒から距離を取る。


 草むらに落ちていたはずの棒が浮き上がり、グルグル回転していた。その先端には槍の穂の様な物体が付いているのが確認できる。


「……槍?」


 ジャックは唐突にシエルと交わした会話を思い出した。


『それは、たぶん、ブライアンさんがロンゴミニアドを所有している事を関係あると思います』


 浮かぶ槍に対して、ロンゴミニアドという言葉が浮かび、ジャックは動揺する心を落ち着かせながらにエクスカリバーを構える。


「ロンゴミニアドなのか?」


 無機物に対して問いかけるなんて、傍から見たらとんでもない馬鹿な事をしてしまう。

 しかし目の前の槍は、ジャックの言葉を理解したかのように回転を止めた。


(意思ある武器……、間違いない、これは……ロンゴミニアド!)


「兄貴は……、ブライアンはどうした? お前は今ブライアン・フォーサイズに所有されていると聞いた」


 槍は一度コトリと斜めに傾き、真っ直ぐ立った後ピョンピョンと大きな岩陰の方にジャンプして行った。


「おい、待て!」


 岩陰でジャンプし続ける不思議な槍。まるで犬の様な動きだ。

 その槍の傍まで走り、下に視線を落としたジャックは固まる。


「兄貴!?」


 男が倒れていた。フロックコート姿の優男はジャックの兄の特徴を全て備える。


「しっかりしろ!」


 彼の傍らに跪き、背中を揺さぶる。でかい人形の様になされるがままの兄の姿にヒヤリと嫌な予感がし、ジャックは彼の口に手をあてる。


(呼吸はあるな……良かった)


 その場でジャンプし続けていたロンゴミニアドが何を思ったのか、ブライアンの腹に乗りあがる。


「何やってる!?」


 槍を掴んで放り投げたくなったが、先程のスパークを思い出すと迂闊に触れない。

 ロンゴミニアドはドクリとその内なる赤を強く輝かせ、ニュルリと溶けた。


「と、溶けた!?」


 ジャックの混乱をよそに、ロンゴミニアドだった溶けた金属は、そのままブライアンの身体に吸い込まれる。何もかもがあまりに異常な光景だ。


(兄貴……、やっぱりアンタは人間じゃなくなったのか?)


 穏やかなブライアンの顔を見ながら、ジャックはむしょうに悲しくなった。

 震える腕でブライアンを抱え、馬に戻る。

 


 ジャックは馬の鞍にブライアンをくくりつけ、馬を引き歩いてカントリーハウスまで戻って来た。


「ジャック様!」


 門扉の前でジャックを待ち続けていたらしい執事が走り寄って来る。


「馬上の男は一体……?」


「待っていてくれたのか……。橋のたもとで兄貴を見つけたんだ」


「ブ、ブアイアン様!? 本当にこんな場所にいらっしゃるとは。生きていらっしゃるんですよね?」


「あ、ああ……。恐らく……」


 ジャックの微妙な言い方に執事は不思議そうな表情をしたが、深くは問いかけてこなかった。


「兄貴は俺の部屋に運ぶ」


 カントリーハウスのブライアンの部屋は現在陸軍の士官の一人が使っている。今更空けてほしいとも言えない。


「左様でございますか。ブライアン様が意識がないという事は怪我か何かをしていらっしゃるのですか?」


「川岸で倒れたのを見つけた時には既に意識が無かったんだ。馬に乗せる前にざっと確認はしたけど、俺にはどこが悪いのか分からなかった」


「ではすぐに軍医様をジャック様の部屋に向かわせるよう頼んでまいります」


「頼む。あ、その前に兄貴を運ぶのを手伝ってくれ。意識がないから一人だと運びづらいんだ」


「ああ、確かにそうでございましょうね。かしこまりました」


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