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14-9

 バーデッド子爵家のカントリーハウスの敷地は、作戦参加者200余名が集まっても充分な余裕があるほど広かった。しかし敷地の状況はお世辞にも美しいとは言い難く、長く管理されてなかったであろう庭園は雑草が生い茂り、樹木もモッサリと伸び放題になっている。

 そんな敷地内には東と西に分かれ(つまり陸軍と魔術師協会に分かれ)宿泊用のテントが並んでいる。


「色々準備してもらって助かった。有難う」


「ジャック様、それから陸軍と魔術師協会の皆様、お待ちしておりました。大広間やダイニング、各客室の掃除は私共で掃除しておきましたので、ご自由にお使いくださいませ」


 屋敷のポーチで一同を出迎えたのは、子爵家の執事だった。

 バーデッド家のタウンハウスでも見かけた事がある彼は、先遣隊と共に一足早くにここにきて、宿泊可能な状態にまでしてくれていたらしい。


「お前はパリエロ副師団長とマーシャル副協会長と話し合って、客室の部屋割りを決めてくれ。俺はシエルを最奥の客室に連れて行くから」


「かしこまりました。ジャック様の部屋の鍵と最奥の部屋の鍵をここでお渡ししましょう」


 バーデッド家の執事は腰に装着していた鍵束をはずし、その中から2つ鍵を抜き取ると、ジャックに手渡す。


「シエル、ルパートさん。案内するから付いて来てもらえるか?」


「はい」「宜しくお願いします」


 3人で入った屋敷の中は、所々に燭台が設置されていて、オレンジの光が揺らめいているのだが、それでもかなり暗く、空気は外よりも冷えている。


「中に魔獣が潜んでいたらどうします?」


「怖い事言うなよ。見た目がグロイのだったら叫ぶかもしれない」


 シエルが脅かす事を言うと、ジャックは半笑いを浮かべた。


 王都内の貴族が暮らすエリアは電気が普及し始めているため、こうした火での明かりのみに頼る様な環境はシエルにとっては久し振りだ。


 暗闇にボンヤリと浮かぶオレンジの炎を眺めながら歩くと、ここではない、どこか別の場所を歩いているような、おかしな思考になる。



(あれ……?)


――暗闇の向うに背の高い男が見える。今にも泣きそうな、情けない顔をした……。

――(弱いくせに、馬鹿か?)

――軽蔑しきった心で口を開く。


――「見せてやるよ、今世紀最高の――」




「シエル?」


 ジャックの声に呼ばれ、ハッと意識が浮上した。


「え?」


「ボンヤリしてどうかしたのか?」


「いえ……、何でもないです! アハハ……!」


 ジャックに心配そうな顔をされ、シエルは無理矢理笑顔を作った。


(今の記憶って、何だろ……? 私の妄想?)


 身体の震えに気付かれないように、腕を両手で強く掴んだ。


「この家の人間が言う事ではないけど、これだけ広いと、留守中に何かが入り込んだりしても、気づかないかもしれないな」



 ジャックに不審に思われていない事に安堵しながら、シエルは口を開く。


「一応念のために夕食後に皆さんが打ち合わせている間にでも私とルパートで見回りして、魔獣除けの印を刻んでおきます」


「じゃあ俺も――」


「ジャックさんは軍属ですから、上司に会わせて会議に出席したほうがいいんじゃないですか? 社会で働いていくためには、変に目を付けられるような事はしない方がいいっておばあちゃんが言ってました」


「まあ、それもそうか。今んとこ俺のエクスカリバーは何も反応してないから、屋敷の中にはいなそうだし、2人に任せるか」


「任せてください。そういえば、ルパートの部屋ってどこになるんです? もしかして私と一緒とか?」


「違う!」 「それはちょっと……」


 それぞれに反応を返す男2人に、シエルは首を傾げる。


「ルパートさんは俺と同じ部屋を使ってもらう」


「2人一緒に同じベッドで寝るんですか!?」


「何でそうなるんだよ!」 「はぁ……、勘弁してください」


 ほんの少し背徳的な想像をしたシエルはドキドキしながら2人を交互に観察する。

 彼等は本当に嫌そうな顔をしている。


「軍から持って来ている寝袋を借りて、それで寝るつもりだ。変な想像しないでくれ、頼むから!」


「むぅ……」


 必死な感じにジャックに願われ、シエルは仕方なしに頷いた。


(男の人ってこういう話苦手なんだな……)


「じゃあ、ここがシエルの部屋だから」


 案内された部屋は、既に燭台の明かりが灯されていて、素朴で可愛らしい内装が見て取れた。一目で気に入ったシエルはベッドにダイブする。


「素敵です!」


「気に入ってくれたんなら良かったよ。ここは好きに使ってくれていい。それと王都から数人使用人を連れてきているから、用があるなら声をかけても大丈夫。じゃあ、また後でな」


 ジャックはベッドに転がるシエルから不自然に目を反らし、早口で事務的な事を伝えてからルパートを連れて出て行ってしまった。


(はしたない行動に呆れられたのかな? 行儀よくしておけばよかった)


 シエルは自分の淑女らしくない行動を反省した。


 夕食後ルパートと共に魔獣除けの印を刻んでまわったが、ジャックの言う通り、屋敷内にはまだ魔獣潜伏の危険が無い事を確認出来た。



 あくる朝、朝食後のミーティングを済ませたメンバーは、駅と商業区画を隔てているサルニ川の橋の修復に取り掛かる。

 この橋は、魔獣の大量発生の際にわざと壊し、駅の方へと渡る魔獣の数を減らしたらしい。つまり、今橋を渡す行為は、鉱山方面から駅がある南へと魔獣を通しやすくする事を意味する。

 勿論、そうならないように、橋の南端に見張りを常駐させ、現れる魔獣を片っ端から打ち取る予定になっている。

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