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14-6

 シエルは車窓から通り過ぎる風景をボンヤリ眺める。

 緑深い森林の間を走る窮屈感と、川に架かる橋を走る時のちょっとしたスリル感を交互に味わうのがなかなかに楽しい。


 中央鉄道会社のケインズの協力により用意された特別列車は、本日魔術師協会と陸軍の合同での掃討作戦の為にカスタマイズされたものだ。


 シエルは最後尾のコンパートメントの一室を使っている。

 壁やドアは艶やかなマホガニー材が使われているし、座席やカーテンの布も拘りの素材が選ばれているしで、無駄に金がかかっている。

 魔術師協会の上位魔術師達と陸軍の士官クラスや科学省の官僚達にはこのコンパートメントが割り振られていて、8時間以上かかる道中に配慮されている。


 今日は移動にあて、明日から作戦が始まるらしいのだが、少しでも不快感がなく過ごさせようという事なのだろう。


(そういえば、ジャックさんもコンパートメントが割り当てられていたよね)


 聞く話によると、ジャックは少尉という階級で、22歳という年齢のわりにかなり昇級している方らしい。

 シエルは彼との昨日の会話を思い出す。


(階級が上がるまで待ってほしいって、どういう事なんだろ? 今の少尉? じゃ駄目なの? っていうか何を待てばいいのかな?)


 重要な事を言われたのは理解しているが、意味が良く分かっていないのだ。


「ねぇ、ルパート」


「はい?」


 斜め向かいに座ったルパートは、手にしていた書籍から顔を上げた。

 

「男の人が社会的地位を上げるって、何が目的なの?」


「従者の立場に甘んじている俺にそれを聞くんですか?」


「一般的な考えを知りたいんだよ」

「相変わらず変な事に興味を持つんですね。う~ん……、目的……。給料UPしたいとか、同性にマウント取りたいとか、女にモテたいとか……ですかね?」


「なるほど。じゃあさ、女が男に階級上がるまで待ってって言われたら、どんな風に解釈すべきなのかな?」


 シエルの質問に、ルパートは嫌な顔をした。


「それ、誰かに言われたんですか?」


「え!? いや、別に……」


 ルパートの返しは予想しておらず、シエルは動揺して声が裏返った。


「まぁ、あの人には借りもあるし、助けてやるか」


 つまらなそうに呟かれた言葉に、シエルは首を傾げる。ルパートがアルマ以外に恩を感じるのは珍しい事なのだ。


「つまりですね、今は自信がないけど、将来的にはその女性に釣り合う存在になるから、その時に男女としての付き合いをさせてほしいという事じゃないでしょうか」


「へ!? う、嘘……。男女間での付き合いって、口にキスしたりするアレの事だよね?」


「そんな軽い事じゃすみませんよ。もっと色々したいって事なんじゃないです?」


「色々!?」


 ルパートの話に、アレコレと妄想し、シエルの顔はユデダコの様に真っ赤に染まる。


「別にいいんじゃないですか? 女王陛下の相手として相応しい位の階級って相当上ですし、そのころには貴女達は年寄りですから、貴女も恥の感覚が薄くなってると思いますよ」


「待とうと思ったけど、そこまで長期間待たないといけないの!?」


「もっと早くにジャック氏と付き合いたいと?」


「当たり前じゃん! って、これって誘導!?」


「漸く気づきましたか」


 シエルはルパートを厳しく睨み付けるが、彼は涼しい顔で読書を再開してしまった。


(昨日のあの言葉、まさかの告白だったの? やばい、全然伝わってなかった……。でも何十年も待たないといけないのか……流石に長すぎる)


 昨日ジャックに握られた手をジッと見つめる。


 自分とは違う、大きくて骨ばった……マメだらけの堅い手の平だった。日々努力しているのが伝わってきて、その手にすっぽり包まれると不思議なほどの安心感があった。


(待てないよ……)


――コンコンコン


 通路側のドアがノックされた事に驚き、そちらに目を向けると、ジャックが立っていた。


「わ!? ジャックさん!」



 まさかの当人登場に心臓がうるさく鳴る。青い瞳を見つめていると気まずくて、彼の口元に視線を下げた。


「どうしました?」


「昨日シエルが会議で提案してくれた魔獣の写真とイラストが印刷所から上がって来たから、配布してるんだ。シエルとルパートの分2部渡すからな」


「有難うございます」


 ペコリとお辞儀をして資料を受け取ると、ジャックの手が頭の上に置かれ、撫でられる。


「わ!?」


「現地に着くまでちゃんと休んでおけよ?」


「はい……」


 ジャックはヒラヒラと手を振り、行ってしまう。それに手を振り、シエルは安堵のため息を尽く。


(良かった、変に思われてなかったみたい)


 ルパートに1部資料を手渡し、気になる事を聞いてみる。


「ねぇ、資料の配布って士官クラスの人がやるものなの?」


「さぁ? 貴女に会う為の口実なんじゃ?」


「そうなんだ! う、嬉しい……」


 シエルが資料を抱きしめて座席に転がると、ルパートにうっとおしそうに「バカップル滅びろ」と呟かれたが、そんなのは無視だ。


 でもこうして新しい感情に振り回されてばかりもいられない。

 特に昨日ジャックに聞いた国王がやるべき封印の秘術について、まだアルマに聞く事が出来ていない。


 恐らくこの件については最優先して聞き出すべきなのに、昨日の午後からの魔術師だけのミーティングの後も2人で話す機会は得られなかった。


 この魔術を使用する際、犠牲者を必要とするのならば、一体誰の命を使うというのだろうか? どういった説明で命を差し出させるつもりなのだろうか?

 やり方次第では魔術師間で内部分裂を起こしかねない事だ。



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