13-12
「こんばんわケインズさん。初めて来る都市だったので不安でしたけど、なんとか来れるものですね!」
「流石です! 最高ですね! で、えーと、貴女がペラム男爵家のご令嬢ですか?」
「ええ、そうですわ」
シエルを称賛しまくった後、その男ケインズはエレインの方に顔を向けた。
今回の事は迷惑に違いないだろうに、表情が変わらない辺り、異母兄弟であるブレアよりもたちが悪そうだ。
「あの、エレインさん」
シエルが1通の手紙をエレインに差し出した。
「これは何?」
「エレインさんの新しい戸籍情報とパスポートです」
罪人に対して新しい戸籍を用意するなんて、容易い事ではない。幾つものコネを利用したのだろう。手紙を受け取りながら、エレインは気まずく感じはじめる。
「色々迷惑かけるわね。でもどうしてわたくしにそこまでしてくれるのかしら? 利用目的だとしても、手がかかりすぎるわよね」
「私、近々即位する事になりそうなんです。でも自信がなくて……。だからエレインさんを助けてみようと思ったんです」
「何いってんのか全然分からなくてよ」
「えっと……、何て言ったらいいのかな? 国民の人生を変えるだけの覚悟を自分が出来るかどうか……試してみたくなったというか」
「何よそれ、わたくしを実験台にしたって事?」
「あはは、ごめんなさい……」
シエルは悪びれなく笑う。でもそれを見て、不思議と悪い気はしなかった。
(完全な善意です~って言われるより、ずっといいわ)
「そろそろ出発します。エレイン嬢は列車に乗ってください)
ケインズに促され、エレインは列車の中に乗り込んだ。
さっきから姿が見えないブレアは先に乗ってるんだろうか?
(まぁ、あんな奴どうでもいいわ)
「ケインズさん、エレインさんをお願いしますね!」
「ええ、勿論ですとも!」
ホームでペコリと頭を下げるシエルに、ケインズはシルクハットを脱ぎ、優雅な礼をする。
「シエルさん、帰りは気を付けるのよ。それから……ジャックの事よろしくね」
オレンジ頭の馬鹿を思い出す。
何だかんだでエレインに一番優しい男だったかもしれない。
(少しだけ、未練があるかもしれないわ……、何てね。感傷に浸りすぎよね)
「エレインさん! ジャックさんの上半身の筋肉の付き方芸術品みたいで素晴らしかったです!」
「はぁ!? なんですって!? 貴女ジャックに何をしたの!?」
ニンマリと笑うシエルに無性に腹が立ってきて、再びホームに下りようとするが、ケインズに阻まれる。
「すぐに出発なんで、危険ですよ」
「くっ! あの小娘……!」
彼が手動でドアを閉めると同時に、汽笛が鳴り、列車が走り出す。
ピョンピョンと飛び跳ねながら笑顔で手を振るシエルは、あっという間に見えなくなった。
(なんて子!? 信じられないわ! これだから田舎者は嫌なのよ!)
乱暴に車両のドアを開くと、信じられない人物が目に入った。エレインの侍女ケニーだ。
「お嬢様!」
「ケニー!」
タックルしてくるケニーを、エレインはガシッっと受け止めた。
「無事だったのね!」
「はい! シエル様に救出していただき、今までブレア様に匿われていました」
「そうだったの……、良かったわ」
車両の奥に座るブレアを見ると、こちらを見ていたその男はつまらなそうに視線を反らした。
「お父様はどうなったのかしら?」
「旦那様は、まだ拘束されております。ただ、命を取られる事はなさそうだと……」
「そう……」
巻き込んでしまった父を思い、エレインの胸は罪悪感でいっぱいになった。
(また、この国に戻って来なきゃいけないわ。そしてお父様と一緒に暮らせるように頑張らなきゃ……)
新たな決意を胸に、真っ直ぐにケニーを見つめる。
「ケニー、これからは、主従関係無しの、ただの友達として付き合ってちょうだい」
「え……? ですが……」
「これはわたくしから貴女への最後の命令よ」
「はぁ……」
ケニーは戸惑ったように頷いてくれる。
エレインにとって未知の国、シュラルトーハ。
何が待ち構えているのかと、不安で一杯だが、ケニーと一緒なら何でも出来そうな気がしてくるから不思議だ。
エレインは漸くこの国を出る事を前向きに考えられるようになっていた。




