13-10
シエルの魔術で走らせている馬なしの馬車は、王都を抜け、西の方向へと走る。
それなりに旅行しているエレインは風景を頼りに、場所を把握できているが、運転するシエルは最近王都に移住して来たと聞いた事があるのだが、任せきって問題ないのだろうか?
「ねぇ、貴女、ちゃんと正しい道を進んでいるんでしょうね?」
「う~ん……、たぶん大丈夫ですよ。地図ありますから」
振り向かずにそういうシエルの手元を覗き込むと、小さく折り畳んだ地図を持っているようだ。
(この子の事どのくらい信じていいのかしら……?)
頼りになるとは思えないが、立場上強く言えないのが歯がゆい。
「エレインさん、客車の中にドレスを用意してるんで、カーテンを閉めて着替えてくださいね」
「ドレス?」
「さっきペラム男爵邸に忍び込んで、勝手に取って来ちゃいました」
エレインの家は魔術師を呼んで、最新の魔術的なセキュリティシステムにしているはずだが、彼女はそれを破ったのだろうか?
高位の魔術師がその気になれば、いくらでも悪事を行えそうだ。
あからさまに人間性能の差を思い知らされ、憂鬱になりながら客車の中を見回すと、隅の方に大きなトランクが2つ程積んである。
開けてみると、見た事のある豪華なドレスや宝飾品がグチャグチャに詰め込まれていた。
「シワシワになっちゃてる!」
「何か問題があるんですか?」
「あるに決まってるじゃない! 正気なの!?」
「着くまでちょっと時間かかるんで、自分の気が済むように詰め直せばいいじゃないですか」
シエルの大雑把さに呆れてしまうが、こんな時に細かい所を気にしてもしょうがないだろう。
エレインは小さくため息を尽き、カーテンを閉めて、自分一人でも簡単に着れるドレスを着用した。
白と青の典型的な囚人服から解放され、漸く少し落ち着きを取り戻す。
トランクの中身を確認してみると、下着類や化粧品、バッグ等も詰め込まれていて、ちょっとした旅にでも行けそうに充実している。
エレインは改めてシエルの向かう先が気になって来る。
(聞いた方がいいわよね)
御者台側の窓を開けて顔を出すと、かなりの突風が吹きこむ。
「どうかしました?」
「向かっている先を教えてもらえないかしら?」
「ストリームゴールド市の駅ですよ」
「ストリームゴールド? 何故そんな所に……」
「エレインさんはこれから機関車に乗り、船に乗り、国外逃亡してもらう事になります」
「国外逃亡!? 大犯罪者みたいじゃない!」
「何を今更……」
シエルに嫌そうな視線を向けられ、エレインは「うっ……」と呟いて俯いた。
「エレインさんには別の名前、身分をあげます。海の向こうの大陸にある大国シュラルトーハに行って、まずは国立大学の大学生をやってください。その後シュラルトーハ国内で働いてもらいます。得られた情報は私に流してもらうことにしようかな……と」
「わたくしに諜報員になれとおっしゃるの?」
「早い話、そういう事です」
「……」
(わ、わたくしにそんな事出来るわけないじゃない!)
茫然とシエルを見つめていると、困ったような笑顔を向けられる。
「きちんと働いてくれたら、また西ヘルジアに帰って来れる様に取り図ります」
この国に愛着が無いと言ったら大嘘になる。だから出国を告げられ、かなり動揺している。だが、今この国にエレインという罪人の居場所なんか無いのだ。
それを考えると、シエルの申し出はあまい密の様な魅力がある。
「分かったわ。やれるだけの事はやってあげる」
シエルの狡猾さを垣間見てまた少し悔しくなるが、今はそう答えるしかない。
(この狸娘め……)
可愛らしい令嬢なのに、言動の恐ろしさが容姿を裏切っている。そんな彼女をジロジロ見ると、不思議そうに首を傾げられる。
「もしかしてお腹空いたんです? しょうがないですね。私のおやつを分けてもいいですよ」
シエルはふくれっ面でエレインにバスケットを押し付けてくる。
不名誉な勘違いをされた事にエレインの顔は真っ赤になる。
だが、監獄で与えられた食事にほとんど口を付けなかったため、お腹が空いているのは事実だ。
シエルに渡されたバスケットの中身はマフィンだった。
取り出して一口齧ると、控えめな甘さが口の中に広がった。
「おいしい……」
再び泣きそうになりながら呟く。
シエルに煽られるかと慌てて口を抑えたが、彼女は何も言わなかった。
そのまま互いに何も喋らず、音はただ馬車の車輪が道を削り取るものだけやけに大きく響く。
何十分か走っただろうか?
シエルの「あっ!」と何かに気付いた様な声を聞き、エレインは顔を上げた。
「どうしたの?」
「ストリームゴールド市に着きましたよ。下りる準備をしてください」
窓の外を見ると、レンガ造りの家々が見える。
エレインが何度も来た事のある街ストリームゴールドに間違いない。
王都よりずっと細い道をスピードを落としながら走行していくと、横に長い建物が見えてきた。
「たぶんあれが駅です」
建物の入り口にいけ好かない高位貴族の男の姿が見えるのは気のせいだろうか?




