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13-9

「貴方……誰なの?」


 その人物は口があるであろう箇所に人差し指を立てる。


(喋るなって事?)


 黒いローブの人物は手を前に出し、鉄格子の前に魔術式らしき文様を描き出した。

 バキバキとガラスが砕ける様な音が鉄格子全体から鳴り出す。


(コイツ、魔術師なのね。相変わらす気味が悪い……。ていうか、わたくしの独房に何をしてくれてるのよ!)


 縄張り意識の強いエレインはたとえ独房であろうとも、他者に介入される事に不快感を感じるのだ。


 不信な音は聞こえるが、鉄格子は何ら変わった箇所はない。

 魔術式が消え、音が鳴りやむと、その人物は今度は鉄格子をガシリと掴んだ。


 グググ……と力を込める様な動きと共に、鉄の棒がグニャっと曲がっていく。


「な……っ!?」 


 ローブ姿の人物により鉄棒は面白い程曲がり、人が一人通れそうな程の穴が出来てしまった。

 ズンズンと独房の中に侵入してくる黒き者に恐怖し、エレインは後ろに下がる。


「い……いや! 来ないで!」


 エレインの主張は無視され、その人物に腕を掴まれてしまった。


「触らないで!」


「静かにして下さい。看守さんが来ちゃいます」


 押し殺し様な声に聞き覚えがあり、エレインは驚く。


(嘘!? 何でこの子が!?)


 彼女はさらに、独房の壁に術式を描いた。

 それは煌々と光を発したかと思うと、パカリと壁に穴が開いた。


 エレインは驚きのあまり、あんぐりと口を開けるしかない。

 何重にも連なるかなり分厚い壁が綺麗に切り取られ、その向こうに夜が広がっていた。


「さぁ、行きますよ」


「どういうつもりよ!? ここを出たってわたくしに行くところなんてないのに!」


「大丈夫です。信じてください」


 何が大丈夫なのかと思うが、涙が出てきて声が出ない。

 想像が間違ってないなら、この子はエレインを助けにきてくれたのだ。


(どうして!? あんな事しちゃったのに!)



 エレインが迷っているうちに、通路の方から僅かに男達の声が聞こえてくる。


「やばい…‥」


 グイっと腕を引かれ、エレインは独房の外に連れ出されてしまう。


(だ、脱獄しちゃったわ!)


 あまりの事にパニックになり、うまく動かない足。

 しかし立ち止まる事を許さない様に力強く引っ張られる。


「あ! あそこの2人だ! 逃がすな!」


「気付かれたわ! 貴女だけでも逃げて!」


「……」


 後ろから大声が聞こえ、頭が真っ白になる。


 脱獄等したら、罪状がまた一つ増えてしまう。


 エレインの言葉を無視する黒いローブの彼女はほとんど引きづるように導き、塀を出て、最寄りの公園付近に停められた馬車にエレインを押し込めた。


 馬車とはいっても、何故か客車だけで、肝心の馬が見当たらない。


「馬がいないじゃない!」


「馬に頼るなんて老人みたいな考えやめてください。これからの時代は馬なんて必要ないんです」


 彼女が馬車の御者席にある妙な石板に手をかざすと、それは白い光を放った。


 ソロリ、ソロリと客車は動き出す。


「ええ!? 何で動くの!?」


「口を閉じないと舌を噛んじゃいますよ」


 馬車はドンドンとスピードを上げて行く。

 後方を振り返ると、さっきまでエレインが閉じ込められていた塔から自動車が何台も出て来るのが見えるが、逃げ切れるのだろうか?


 エレインの心配を笑い飛ばすように、馬車はとんでもないスピードまで加速し、暴走車と化した馬車は中流階級が住まうエリアを爆走する。


「何でこんなに早いのよ!? 蒸気機関車より早いんじゃないの、これ!?」


 エレインを追いかけてきていた看守達の自動車は既に豆粒並みに小さく見えている。


「そうですねぇ……、たぶん操作者の魔力に依存するからじゃないでしょうか」


 ただの文句に律儀に返事をしながら、御者席に座る彼女はフードを外し、口元を覆う布を引き下ろした。

 金髪が風にたなびく。

 憎たらしい程の美少女、シエル・ローサーがニヤリと笑いながら振り返った。


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