3-1
男性用の既製品の衣類の店は広場のそばに位置した。
一応ジャックは普段は仕立屋を利用しているのだが、ジャックの滞在日数を考えると、仕立てる時間はなさそうなので、既製品を買うことにした。
そこでベスト、ズボン、白いシャツ、その他細々とした物等を購入したが、全部合わせても王都で仕立てる手袋の金額にも満たない。
紳士服の店を出た後、魔術に使う道具を見に行きたいというシエルの要望を聞き、小路にある怪しげな店や露店をブラブラしているうちに、だいぶ日が高くなっている。
ジャックが懐中時計を確認してみると、時刻は昼に差し掛かっていた。
「シエル、そろそろ昼ご飯でも食べに行くか?」
「あ、もうそんな時間なんですね!」
雑貨屋でお菓子を物色していたシエルが振り返った。
「メインストリート沿いにコーニッシュパスティの美味しいショップがあるからそれにしませんか?」
「コーニッシュパスティってここの名物料理なんだっけ?」
「そうなんです。パイ生地に肉やジャガイモがいっぱい詰まった食べ物なんですよ。あ、そうだ。私は屋台で売られている食べ物とか全然気にならないですけど、ジャックさんは抵抗あります?」
「いや、それでいい。どうせなら美味しい名物料理を食べて帰りたいし」
「じゃあ決まりですね」
ジャックは屋台で買い食いする上流階級の令嬢は初めてかもしれない。
ジャックはシエルの祖母、アルマに用が有ってこのローズウォールの地に訪れたのだが、シエルとは今後も関わりを続けたい様な気がしていた。
昨日自分に真っ直ぐ向き合ってくれた事が、自分を信じてくれた事が嬉しかったのだ。
性別の垣根を越えて何でも相談できる友人になってほしい、と思うようになっていた。
(明日には王都に帰るけど、シエルに文通でも申し込んでみようか?でも恋愛的な意味に取られたら嫌がられるかもしれない……)
ジャックはどうしたもんか……と頭を悩ませた。
「ジャックさん」
「なんだ?」
やや前方を歩いていたシエルが振り返ってニヤリと笑いかけた。
「あなたと友達になってあげてもいいですよ!」
(凄い傲慢な言い方だな!)
でも不思議と嫌な気分にならなかった。
「できれば友達になってくださいって言ってほしかったね。まー別にいいけど。何で俺と友達になれそうだと思ったんだ?」
「魔術に対して抵抗無さそうだから話しやすいかなって」
「ふーん……。俺も、君が友人だったらってちょうど思ってたところだった。でも男女間だと邪推されかねないから、君が男だったらよかったな」
こちらを振り返るシエルの顔が嫌そうな表情に変わる。
「ジャックさんて、モテそうに見えて、実はモテなそうですね……」
「はぁ!?」
罵詈雑言を口走りそうになるのを年長者の矜持で何とか抑えるジャックだった。
洗濯物が干してあるような小路を抜けてメインストリートへ戻り、東の方に進む。
「あ、あれです!」
シエルが指差す方をみると、いくつもの白いパラソルが並ぶエリアがあった。
それがコーニッシュパスティの店なのだろう。
ちょうど良く1つだけパラソルの下のテーブルが空いていたから、2人でそこへ向かい、腰を下ろす。
「私、買ってきますね。牛肉と鱈、どっちがいいですか?」
「えーと、どっちも?」
「1つずつですね、了解です! 私は3ずつ食べます!」
シエルはニコリと笑顔を見せ、パタパタと売店の方に走って行った。
(あの子ちょっと食べすぎなんじゃ……)
昨日の夕飯時も、今日の朝食時も妙にドカ食いしていた。
大食いなわりに痩せている。胃下垂なんだろうか?
(まぁ、まだ若いし、燃費いいのかもな)
ジャックは手持無沙汰になり、テーブルの周囲を見回した。
子連れの女性や、友人同士で来ている者達、老夫婦等、抜けるような青空の下、思い思いにここで名物料理を堪能していた。
売店に走っていったシエルを見れば、行列の最後尾に並んでいるので、まだまだ時間がかかりそうだ。
テーブルに置き去りにされていた地方紙を手に取り、一面を見てみると、”国王陛下が病に倒れる”という見出しの記事が一面に載っていた。
(何て事だ。よりにもよって俺が遠出している時に……)
眉を寄せ、よく記事を読んでいると、右手首の腕輪の金属が当たっている部分が熱を持っているように感じられてきた。
(なんだ?俺の体温が移ったのか?)
腕輪が一瞬明らかな熱さまで高まった時、ジャックは誰かに肩を叩かれた。
ジャックが驚き振り返ると、あり得ない人物が立っていた。
「あ、兄貴……っ!?」
「ジャック、久しぶり。元気にしてたか?」
穏やかな笑みを浮かべる優男は、2年前に失踪したジャックの兄ブライアンだった。
細身の身体に薄茶色の髪、失踪前よりも痩せたかもしれない。
「今まで一体どこに行ってたんだ!皆どれだけ心配したか!」
「まぁちょっとね、ここで話すのもあれだから向うで話さないか?」
周囲に聞かれたくない話をするつもりなのかもしれない。
ジャックは少し疑問に思うものの、せっかく再開出来た兄を連れ戻す機会を失いたくなかった。
シエルはまだまだ戻って来そうにない。
ジャックは隣に座る老紳士に万年筆を借り、地方紙の片隅にシエルへのメッセージを書き込んだ。
“すぐ戻る!”
ジャックはそれを飛ばされないように花瓶で止め、老紳士へ丁重にお礼を述べて万年筆を返却した。




