13-8
エレイン・ボーナムは目の前に置かれた変な色のスープと、見るからにカチカチのパンを見てため息をついた。お腹が空いて仕方がないのに、今までの贅沢な暮らしのせいでまずい食べ物を受け付けないのだ。
ミッドランド伯爵家令嬢の暗殺を企ててから3日経ち、エレインは王都にあるアースラメント塔という監獄に拘束されている。
フェンリルの肉体を復活させ、弱々しい見た目の女の子の命を奪う事は成功が確約されていたはずだ。伝説上の神獣は強大な存在であり、ジャックの兄ブライアンから聞いた話から判断しても、失敗するなどとは思わなかった。しかし、結果はこれで、エレインは檻の中だ。
(何もかもジャックが悪いのよ……)
エレインはあの日、抱きしめ合うジャックとシエルの姿を見た。
任務を失敗した悔しさよりも、元恋人の心の中に自分が入る隙間がないという事を思い知らされ、喪失感でいっぱいになった。
聞く話によると、フェンリルを仕留めたのは、ジャックだったらしい。
エレインの記憶の中の彼は何もかもが中途半端で、ただ見た目がいいだけの青年だったはずだ。そんな彼に、神獣を倒せるだけの力があるなど信じられなかった。
ギリリと唇を噛む。
シエル・ローサーが憎い。
エレインは魔力という特別な力を持たない。
しかも男爵家の令嬢という微妙すぎる立ち位置だ。
エレインとは違い、シエルは生まれながらにして魔力を持ち、王位継承権の順位が高く、天使の様に愛くるしい容姿だ。恵まれた彼女に嫉妬してしまう。
狸と狐ばかりの貴族社会で、軽んじられ利用されないように、エレインは自らの存在感を示す必要があった。だからわざと派手に振る舞ったし、有力者に媚びた。
ジャックを捨てたのは、子爵家の次男しか落とせない程度の女というレッテルを貼られたからに他ならない。
アルバート殿下に近付いたのは、秘密結社の中で自分の立場を強固にしたかったからだ。
しかし、結果はこの様で、檻の外から漏れ聞こえる話によれば、自分は処刑されるらしい。
その事を考え、エレインはブルリと震えた。
(こんな事になるなら、何も行動しないで、ただ大人しいだけの令嬢として過ごすべきだったのかしら……)
アルバートの思想に共感したのは事実だったが、命を差し出していい程に心酔していない。
ポロリと流れる涙。
エレインが泣くと黙ってハンカチを差し出してくれた侍女はここにはいない。
(彼女、どうなってしまうのかしら?)
侍女を巻き込んだ事を後悔する気持ちがある。
冷めた所がある女性だったが、とても優しかった。
エレインは膝を抱えてうずくまった。
そうしていると、コツリ、コツリ、とやけに慎重な足音が聞こえてきた。ここの看守はキビキビとした足さばきなので、違和感を覚える。
足音の主は、通路をアチコチにうろついているようだ。
時折聞こえてくる息を飲むような声や、何かを問いかける様な囚人の声に、エレインは首を傾げた。
(誰が来たの?)
ソッと鉄格子に近寄ると、オレンジの明かりに照らされ、黒い影が伸びていて、足音と共にこちらに近付いて来る。
――コツリ……コツリ……
音の主はエレインの独房の前で立ち止まった。
エレインはその人物を見つめ、ゴクリと息を飲んだ。
ハッキリ言ってその姿は異常だった。
長く黒いローブ姿で、フードに覆われた頭部は禄に見えない。しかも口元も布で隠している。
(何なのコイツ?)
エレインの背に嫌な汗が流れる。
もう5分以内にもう一話公開します!




