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各省庁の庁舎が立ち並ぶストリートに差し掛かると、道はまだ凍り付いたままで、大量の雪も残っている。
昨夜の騒動の調査のためだろうか? 警察官達やジャックの同僚達がウロついている。
実際はどうあれ、3週間無断欠勤したような感覚のジャックは、あまり同僚と話す気にもなれず、目に付かない様に道路の隅を歩くが、背の高さがあだとなったようで、気づかれてしまう。
「ジャック! 昨日はどうしたんだよ?」
「頭痛が酷くてな」
今回の騒動でジャックが軍務を欠勤したのは実際は一日なのだが、子爵家の執事が病欠と伝えてくれていたらしい。それに合わせる為に、ジャックは嘘を伝える。
「へぇ~、お前みたいな奴でも体調悪くなる時あるんだな。って、わわ!?」
同僚との話の最中、足元がグラリと揺れる。また地震かとジャックはウンザリするが、すぐに感覚のズレに気付く。過去に地震が起きていた理由は神獣が原因だった。しかし神獣は現在封印されているはずである。
(これは本当にただの自然災害って事でいいのか?)
過去で体験してきた事を思い出すと、冷静に考えられない。それだけ『アレ』はジャックのこれまで生きてきた中で衝撃が大きい出来事だったのだ。
揺れはほんの数秒で終わり、周囲は何の被害も出ていないようだ。
「季節外れの雪といい、今の地震といい、神様がお怒りなのかねぇ……。やだやだ。あ! ポールが来た! じゃあ、またな!」
同僚は早口でまくし立てた後、他の知り合いの元に駆けて行った。
ジャックはこの時代に戻って来る直前に起きた事を思い出す。
ハロルド・アースラメントの神獣を封じる為の一計――それは多数の魔術師の命を捧げるものであった。
(封印出来る期間は500年間……だったか)
あの大魔術で、500年の間封印は有効だったとしても、その後はどうだったのだろうか?
この国の歴史の中では、神獣の事等一切触れられていなかったはずだ。でも自然災害の記録として残っているという事はあり得るかもしれない。
(帰りに図書館にでも寄って調べてみるか)
◇
シエルはジャックを見送った後、ジャックの母アイリーンに挨拶しにいった。その間に地震が起き、この所立て続けに起こっているこの揺れに関してアイリーンと少々話してからバーデッド子爵家を出てきた。
(食べすぎたな。ジャックさんのお宅の朝食美味しすぎるよ。アレ? でもウチの朝食も美味しい部類のはずだよね。でもそれよりずっと美味しかったのって何でだろ??)
正直出勤するジャックに内心面白くないと思うくらいに居心地も良かった。やはり友人だからだろうか? シエルは改めてジャックが戻って来た喜びを噛みしめた。
路駐してある自動車の運転席側の窓をコンコンとノックする。運転席と助手席を塞ぐように横になっていた人物は、顔に乗せた新聞をずり下げて、死んだ魚の様な目でシエルを見た。運転手であるルパートはシエルが朝食を食べていた間、ここで眠っていたらしい。
「やっと来たんですねぇ」
ルパートは昨日フェンリルにボコられた後、長時間極寒の中に放置され、凍死しかけていた。
フェンリルを倒した後、ルパートの事を思い出したシエルが助け出さなかったら、今ここにはいなかっただろう。
戦闘にかけては自信を持っていたルパートは昨日神獣に歯が立たなかった事を引き摺っているらしく、今日はいつも以上にやる気の無い姿を見せている。
「お待たせ! ジャックさんのお母様にスコーンをいただいたから、ルパートに分けてあげる」
「ありがてぇ……」
シエルは窓からバスケットを押し付け、後部座席に乗り込んだ。
ルパートは早速バスケットの中からスコーンを取り出し、口に運んでいる。
考えてみると、朝5時半くらいにシエルに叩き起こされ、外出に付き合っていたわけだから、中々に可哀そうな事をしてしまっている。
身体の具合を聞こうとしたシエルだったが、ルパートが「あ」と何かを思い出したように振り返ってきたので、まぁいいかと彼の話を聞く事にした。
「エレインさんどうなるんですかね? 昨日アルマ様が相当ご立腹の様でしたけど」
昨夜全てが終わり、荒れ果てた現場に現れたアルマの怒りは凄まじかった。
重症だったルパートは当然その後の成り行きは知らない。
極度の魔力不足状態だったシエルも途中で意識を失ったので、全ての顛末を知っているわけではないが、エレインご一行が警察に引き渡されていたのは見た。
今朝アルマの電話を盗み聞きした感じだと、『処刑』や『爵位返還』等の言葉があり、かなり怖かった。自分が関わる事で人の人生が大きく変わるのだ。
「警察にはアルバート殿下の関与の事を伝えて、彼女達の刑を軽く済むように掛け合ってみようと思ってるよ。エレインさん達だけが背負う罪ではないと思うから」
「シエル様のそういう所、いいと思うんですけど。アルバート様の事を伝えるという事は、真っ向から対立すると宣言するものでは?」
「むしろ、直接の方がいいと思うよ。どうして私達の事に他の人を巻き込むのかな。そんなのっておかしいよ」




