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13-3

「パラレルワールド?」


 ジャックには聞き覚えの無い単語だ。


「はい。この世界と並行して存在する世界です。もしジャックさんが飛ばされたのがそこだったら、体験した事は私達が暮らす世界には影響しない事になります」


「成る程な。でも俺がそこに飛ばされたか、どうかは今更戻って確認する事なんか出来ないし、影響を起こしてしまったかどうかで、世界軸? みたいなのを判断するしかないかもな」


「そうですね。タローンに関してはジャックさんが移転した前後で記録が変わっているか調べてみますね。あ! このママレードジャム美味しいです」


 シエルの自由過ぎる発言に、ガクリとソファからずり落ちそうになる。


「ウチのシェフ手製のジャムはウチの自慢だよ。こっちのアプリコットジャムもうまい」


「ください!」


 ジャックが、アプリコットジャムのビンをシエルの方に押してやると、彼女は手に持ったマフィンにママレードジャムとアプリコットジャムの両方を塗った。


(良く食べるなぁ……)


 あまり観察しすぎるのも良くないと思い、ジャックは持って来た新聞に視線を落とした。

 昨夜フェンリルとの戦闘した際に、大量の雪が残されたため、新聞に載っているのではないかと思ったが、載っていないようだ。朝刊までの時間が足りなかったのかもしれない。


「昨日の神獣、エレインが関わったって言ってたな」


「はい。でもエレインさんというより、アルバート殿下の手の平の上で皆踊らされたというのが正しいかもしれません」


 ジャックは兄ブライアンの友人のいけ好かない顔を思い出し、ゲンナリする。


「ジャックさんを救出するために、ブライアンさんに協力してもらえないかと、アルバート殿下と交渉しました」


「兄貴は行方不明だけど……」


「分かってます。でもアルバート殿下が行方を知っていそうでしたので」


 何故自分を助ける為にブライアンの力が必要になるのか分からないが、ジャックはシエルの話の続きをおとなしく聞く事にした。


「会わせてもらえる事になったのに、ブレアさんの血でフェンリルが召喚されて……」


「んん? 今凄い話が飛ばなかったか?」


 眉間にしわを寄せてシエルを見遣ると、シエルはしょんぼりと肩を落としていた。


「ブライアンさんが、粉々に粉砕された状態で保管されていると騙されたんですが、それが実はフェンリルで……」


(一体どこから突っ込めば……。兄貴が粉々? 死んでるだろそれ……)


 しかしジャックは、思い出した。

 ローズウォールでブライアンと再会した時、砂の様に溶けてしまったのだ。


「兄貴は今、普通の状態じゃないのかもしれないな」


「何か心当たりが?」


「うん。まぁ……。アルバート殿下は兄貴の事を他に何か言ってたか?」


 アルバートとシエルが交渉した時、アルバートはシエルを信じ込ませる事に成功している。アルバートは多少の事実を混ぜて話をしたんじゃないかと思われる。


「色々言ってました。どれが真実で、どれが嘘なのかは判断出来ませんが」


「教えてくれないか?」


「勿論です。ブライアンさんはアルバート殿下の管理下に置かれているみたいです」


「え……、なんで?」


「それは、たぶん、ブライアンさんがロンゴミニアドを所有している事と関係あると思います」


「ロンゴミニアドって確か伝説の槍だよな? どうして兄貴がそんな物を……」


「アルバート殿下は魔術に頼らずに国を守る事を考えているみたいで、秘密結社を通じて色々やっているみたいです。ブライアンさんはそれに巻き込まれてロンゴミニアドを所持する事になったのかもしれません」


 ジャックがエクスカリバーで、ブライアンがロンゴミニアド。古代王が所持していた伝説の武器を兄弟2人で分け合う形になった事に、ジャックは気持ち悪さを感じた。


「さらに悪い事に、ブライアンさんの意識は時々ロンゴミニアドに乗っ取られているみたいです」


「意味が分からない」


「エクスカリバーを初めて手にした時、ジャックさんはどういう状態でした?」


 エクスカリバーを鞘から抜いた時、ジャックは頭を掻きまわされるような感覚になった。

 ブライアンがロンゴミニアドを手にした時、同じ様な事が起こったのだろうか?


「兄貴は、ロンゴミニアドの洗礼に耐えられなかったって事か?」


「耐えれたんじゃないでしょうか? でなければ所持出来なかったはずですよ。でも、その関係は歪なもの……なのかもしれませんね」


「……そっか……」


 ブライアンは、幼少の時から完璧な子供だった。それこそ、何をやらせても極める事が出来、ジャックは彼にコッソリと劣等感を抱いていた。

 何をやっても兄には勝てないという思いは、ジャックからあらゆる事に対してのやる気を奪い、結果子爵家のスペアとしても不完全な程度の人間になってしまっている。

 ブライアンなら武器の一つや二つに惑わされる事なく所持しそうで、シエルから聞く彼の状態に違和感を感じずにはいられない。


(何やってんだよ。兄貴……)


 柱時計からゴーンと8時を告げる音が鳴る。


「悪いけど、出勤する時間だ。また後日話そう」


 ジャックは慌てて、ソファから立ち上がり、出勤用のバッグにアレコレと詰め込む。


「え!? 昨日フェンリルと戦ったのに、身体大丈夫ですか?」


「ヨウムに治してもらったから大丈夫だよ」


「そうですか。ヨウムはおばあちゃんに甘えに行ってます」


「久々に会えただろうしな。あ、俺はもう行くけど、シエルはゆっくりしてから帰ればいい。じゃあまたな!」


「え! 見送ります」


 部屋を出て行えくジャックをシエルが追いかけて来た。


「見送りなんかいいのに」


「何かそうしたい気分なので!」


 2人で階段を下り、エントランスに着くと、執事がポーチに続く扉を開けてくれる。


「じゃあ、いってらっしゃいです!」


「行ってくる」


 ドアの傍に立つシエルに笑顔で見送られる。


(今日、朝から充実しすぎでは……?)


 平和すぎる事に逆に不安になりながら、ジャックは道を急いだ。 


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