13-1
朝もやが立ち込める中、ジャックは小高い丘の上に来ていた。
アストロブレーム中心地にあるこの丘は、公園の一部であり、ここから博物館を見下ろせる。
博物館は、以前はアースラメント城として、執政の拠点として使われていたはずだ。
過去の世界で見てきた事をジャックは思い出す。
激しく揺れる大地を砕き、出現した神獣は巨大な翼と尾を持っていた。暗闇と、砂煙のために視界が悪く、その全貌を見る事は出来なかった。
周囲の木々をなぎ倒し、世界の全てを呪う神獣を、シエルと同じ顔を持つあの男は、自らの命と引き換えに再封印した。
ジャックはその一部始終を、ただ茫然と見ているしか出来なかった。
自らの無力さを思い知ったジャックだったが、アリシアはそれ以上に打ちのめされていた。
気力を失い、らしくもなく個室に引きこもる彼女を放置し、そのままこの時代に戻る事などできず、ジャックは結局もう三日程滞在した。
城周辺の普及や、炊き出し等を他の兵士に混じってやるうちに、帰るタイミングを失ってしまったのだが、ヨウムが酷い癇癪を起したことで、ついに帰還の決断をした。
見送りに来たアリシアは、少しだけ活力が戻って来ていた。時が彼女の傷を癒したのだろう。
兄の代わりにこの国を統治するという決意を聞く事が出来、ジャックは漸く過去の世界と決別する気持ちを固められた。
そんなこんなで戻って来れたわけだが、ジャックは大いに混乱していた。過去の世界でジャックは三週間近く過ごしたはずなのに、この時代ではたったの3日間しか経っていなかった。しかも日曜日と祝日を挟んでいたので、軍務をさぼったのは一日なのだ。
今度こそクビを覚悟していたので、正直拍子抜けた。
2km程のジョギングから戻って来たジャックをポーチで待ち受けていたのは、執事だった。完璧な角度で礼をし、タオルを差し出してくれる。
「お帰りなさいませ」
「悪いな」
「お疲れのところ申し訳ないのですが、ジャック様にお客様がいらっしゃってますよ」
「え!? 今、朝の7時前だよな? 一体だれだよ。こんな早くに」
王都の人間は早起きしかいないのだろうか? ジャックは胡散臭い鉄道屋のおっさんを思い出し、溜息をついた。
「ミッドランド伯爵家のご令嬢でございます」
「え、シエルが?」
思わぬ人物の訪れに、気分が上向く。
だが、同時に心配にもなる。昨日魔力不足か何かで倒れていたのに、大丈夫なのだろうか?
「サロンでお待ちいただいております。朝食をお持ちいたしますか?」
「ああ、頼む。それと汗を流してから行くから、遅くなるって伝えておいてくれないか?」
「かしこまりました」
過去の時代の衛生状態はハッキリ言って劣悪極まり無かった。ジャックはそんな中で魔獣と戦いまくっていたのだが、昨日家の鏡を見て、自らのあまりの汚さにショックを受けた。
シエルに抱きつかれたりした時、匂いで幻滅されていないだろうか?
初めて会った時に「くさい」と言われた事を未だにジャックは気にしていた。
自室に備え付けられているシャワールームで冷水のシャワーを浴び、アイロン済みの軍服のズボン履く。ズボンは乗馬用にデザインされている為、ダボっとしている。ブーツを履かないと見た目がおかしいので、ジャックは仕方なく編み上げのブーツに足を通した。
うっかり髪まで濡らしてしまい、ジャックは出勤準備をしながらタオルでガシガシと拭く。
なかなか乾かないので、このままシエルに会うかどうか悩み始めた頃、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「何だよ。入るならノックくらい……」
「キャー!!」
「!?」
執事が入って来たかと思って振り返ったのだが、扉に隠れる様にしているのは、金髪の少女シエルだった。ジャックの上半身が裸なのを見て慌てているようだ。
「サロンで待つように、執事に伝えたんだけどな……」
「待ってたんですけど、いつまで経っても下りて来ないから、またどこか行っちゃったのかと思って……」
シエルの顔は赤くなったり、青白くなったりしている。
「そんなに心配してくれてたのか?」
「そりゃ、しますよ」
そのまま逃げるかと思いきや、シエルはジャックの自室にオドオドと入って来て、チョコンとソファに座った。ジャックが消えない様に監視する事にした様だ。
クッションを抱きしめて、顔を埋める様子に、ジャックはちょっとした悪戯を思いつく。
シエルの方にズンズンと近づき、タオルを渡した。
「な、何ですか?」
「髪拭いてもらえるか? そこに座ってても暇だろうし」
「えええ!?」
彼女の隣に座り、困った様子をニヤニヤ眺める。
(まぁ、どうせ断って逃げるだろ)
しかし、タオルをいじりながら彼女は想定外の事を口にした。
「……お腹割れてます……、それに胸が」
「……は?」
そろりとシエルの小さな手がジャックの胸の筋肉部分に伸ばされたので、ジャックは触られる前に掴んだ。
「それにジャックさんのチク……むぐぅ!」
破廉恥な事を口にしようとした彼女の口を慌てて抑える。
「何で年下の令嬢にセクハラ発言されなきゃいけないんだよ!」
「むー! むー!」
ガチャ
再びドアが開く音が聞こえ、振り返ると、母アイリーンが目を見開いて立っていた。
「ご、ごゆっくり……」
バタン!
(誤解されたぞコレ!)




