12-11
光が収まり、姿を現したのは一頭の巨大な白い狼だった。
シエルが持つ杖の明かりに照らし出されたその眼は赤い。
「フェンリル!」
――小娘……、体内に2つ魂を宿しておるな。身籠ってはおらぬようだが……これはなかなかに珍しい
頭の中に直接語り掛ける様な声が聞こえる。恐らく目の前のフェンリルが語り掛けている。
「何を言っているんです?」
――気づいておらぬのか
「神獣フェンリル様! アナタを召喚したのはわたくしですわ! どうか願いをお聞きください!」
エレインが震えながらフェンリルに近づいて行った。
――召喚? 何の力も持たぬお前が?
「この娘を始末して下さい! この国の未来の為に!」
「エレインさん……」
「アルバート様の理想とする国の姿を築く為に、貴女は不要なのです!」
面と向かって死ぬべきだと言われるのは、流石にショックで、シエルは俯いた。
(こんなに大がかりな事してまで私を殺したいの……?)
――笑わせるな! お前の様な者が我を召喚しただと!?
フェンリルの怒りにハッとしてエレインの方を見ると、彼女の足元が凍り付いていた。
「きゃぁ! つ、冷たい!」
みるみるうちにその氷は彼女の身体を這い上がり、全身をのみ込もうとする。
「いやぁぁああああ!」
シエルはエレインに走り寄り、彼女にまとわりついた氷に触れる。
(氷として固まっている水の分子を分解!)
氷から体温が抜き取られている方の手に魔力を集中させ、氷を粉々に砕く。
倒れそうになるエレインを支えてやると、泣きそうな顔でシエルを見上げた。
「どうして助けたりなんか……」
「目の前で死なれたら寝ざめ悪いですから」
――我の邪魔をするのか小娘
「悪いですか? あなたにはあなたの、私には私の行動基準が有りますので」
恐怖を押し殺し、フェンリルを真っ直ぐに見据える。
――ほう、流石は王家の血を継ぐ者。お前の力を確かめてみたくなった!
獣は鋭い牙をむき出しにして笑う。
(はぁ!? 何でそうなるの!?)
「これは火に油を注いでしまった様ですね……」
ルパートの方を見ると、この上なくめんどくさそうな顔で髪をいじっている。
――小娘の命の危機に立たせたら、もう1つの魂を引きづり出せるか? 試してみるのもまた一興
フェンリルの独り言が不気味だ。先程から言っている『魂』とは何の事なのだろうか?
シエルは何か大切な事を見落としてないかと考えるが、何も思いつかない。
「シエル様、俺が神獣の気を引きますから、その間にここら一帯に障壁を張ってください」
「了解だよ!」
神獣と戦うのはこれが初めてなのだが、聞く話によると、その攻撃は天災レベルらしい。自由に戦ってしまったら、王都が更地になりかねない。
シエルとしては、正直勝てないのではないかと思っているのだが、アルマがもしかしたら異変に気付いて駆けつけてくれるかもしれないという望みもある。それまで何とか時間を稼ぎ、王都を守りたい。
シエルは右手に魔力を集中させる。
足元に次々と光の古代文字が現れ、幾つもの円を描き出す。
(半径200m、……いや、300m!)
術式は大きく光を放ち、目に見えない障壁で科学省周辺を大きく囲んだ。
対象範囲が広すぎる為、容赦なく魔力が奪い取られる。
(思ったより、魔力使ったな……、でもこれでたいていの攻撃をこの周辺だけに留めておける……)
外部を安全にすると同時に、シエル達は死の檻の中に閉じこもる事になる。その事を頭から追い払いながら、ブレアやエレイン達に防御の術をかける。
一通りの仕事を追え、ルパートの方を見ると、彼の魔術の鎖がフェンリルの全身を縛るのが見えた。この部屋では、列車1両程のサイズのフェンリルはあまり身動きも取れず、易々と捕まってしまったようだ。
(意外といけてる……?)
しかし楽観視出来たのはほんの数秒だった。
シエルは部屋の気温が急激に冷え込んでいくのを感じ、慌てて水晶魔術で強力なシールドを張った。
「ルパート、下がって!」
「分かってます!」
もう5分くらいしたらもう1話投稿します~




