12-10
「……ええ、よろしくてよ。メリッサ、シエル様にアレをお渡しして」
「かしこまりました」
エレインの侍女が近づいて来る。
手が届く程の距離で彼女の表情が見えてきたのだが、彼女は恐怖を押し殺し、シエルに強い眼差しで何かを訴えていた。
(なに?)
「シエル様、どうぞご確認を」
光沢のある布の上に乗せられ、差し出されたのは変色した羊皮紙だった。
侍女の態度が気になるものの、追及はせず、シエルは羊皮紙を受け取った。
「有難う」
「あの、シエル様……」
「メリッサ!」
何かを言いかけた侍女は、エレインの大声にビクリと身を震わせ、下を向いて離れて行ってしまった。
(エレインさんは既に侍女の忠誠心を失ってるのかな)
知りたくもない他所の主従関係を垣間見てしまい、シエルは肩を竦めた。
杖を一度ルパートに預け、受け取った羊皮紙を広げる。
特殊な染料が使われているのか、そこに描かれたおびただしい量の古代文字は、キラキラと虹色に輝き、美しい模様になっていた。
ルパートが杖の明かりを近づけようとしてくるが、光で逆に見えづらくなったので、離してもらう。
シエルは術式の中で強調されている幾つかの古代文字に着目した。
H:宇宙の法則
Y :死と再生
S:生命力
F:男神
I :氷
確かに何者かを再生する術式の様だ。でもこの『I』の文字に違和感があった。
(何で『I』なの? 人間を再生する為だけならこんな文字は使わないんじゃ?)
用心深く『I』の周囲の文字を辿ってみると、『F』からの繋がりが見えた。
――神の造りし獣 時を止むる力持ち、これに凍らぬ物何一つ無し 走り去にし後には、ただ氷のみ残さる
ハッとしてシエルは顔を上げた。
「これは!」
「何か分かりましたか?」
珍しく心配そうな顔をするルパートにシエルは頷く。
「そうだね。この魔術を実行したらヤバいって事は良く分かったよ」
エレインに聞こえる様にわざと大きく言ってやる。
(これは、氷を司る神獣を再生する為の術式! ガラスケースに入れられてるのは、ブライアンさんなんかじゃない。実行したら王都が崩壊しかねい)
こんな事をシレッとやらせようとするエレインに、そしてアルバートに強い憤りを感じる。この魔術を使ったらシエルの魔力は相当奪われ、王都を守る事等出来ない。
アルバートは自分が何をやらかそうとしているのか予想出来ているのだろうか?
クスリと笑う声が響いた。
「何かおかしいですか? エレインさん」
「あら、勘に触ってしまいました?」
「そうですね、かなり。魔術は行いません。ブライアンさんへと案内する気がないなら、あなたに用はありません」
「高位魔術らしいですが、シエル様なら可能と伺いましたのに、残念ですわ」
「私を煽っても意味ありませんよ」
嫌味なくらい余裕なエレインの顔をシエルは睨みつけた。
正直さっさと警察にエレインを突き出したいのだ。ブレアに麻酔を打った事でも事件性としては充分だろう。
(もうこの人と一切関わりたくない!)
「ホント、残念ですわ。だってシエル様の判断でお仲間を傷つける事になったんですもの。お前達、計画通りにやりなさい!」
「「了解いたしました!」」
「計画……?」
エレインが連れて来た男達は、ブレアを担いだままガラス容器に近づいた。
ルパートが持つ杖の光に照らされたブレアは、何時の間にか袖をまくり上げられ、腕には血が流れていた。
「ブレアさんに何したんですか!?」
――ガシャーン
シエルが叫ぶと同時に、銃声が響き、目の前のガラスが割れた。
「危ない!」
ルパートがシエルを庇う。
でも後ろに引っ込んでばかりではいられないのだ。
慌ててルパートの腕を抜け、ガラスケースに近寄るも、既に遅かった。
割れたガラスケースを中心に、青白い光で術式が浮かび上がっていた。先ほどと全く同じ術式が。
「な、何で!?」
「シエル様、下調べが足りませんわよ。ノースフォール公爵家は魔力ある家系。勿論次期当主のコイツも例外なく魔力を持っているのですわ。ノースフォール領に封じられていた神獣はその血と神具があれば魔術の技術など無くても召喚出来てしまいますのよ」
「そんな……」
倒れたブレアの手には、楔の様なものが握らされていた。それが神具だとでも言うのだろうか?
成立してしまった術式は美しい光を放ち、その上に光の塊を生み出す。
それは徐々に大きくなり、強く、強く輝く。
空気が変わる。
ビリビリと肌を刺激するのは、この神獣からのプレッシャーだ。
(私を……見てる……)
「シエル様、ブレアさんを治癒しておきました。命に別状はありません。逃げましょう! 早く!」
「……もう遅いよ」
シエルが防御シールドを張った瞬間、凄まじい吹雪が光源から発せられた。
部屋のガラスが全て割れ、吹き飛ぶ。
――ほう。我が力を防ぐとはなかなかの使い手ではないか。




