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ミッドランド伯爵邸の庭の方向から拳銃の発砲音が聞こえてくる。
貴族のタウンハウスが立ち並ぶのこの閑静な住宅街において、物騒な音は悪目立ちする。
肝を冷やした隣の邸宅の庭師が生垣の隙間からミッドランド家の庭の様子をのぞき見すると、最近地方の領地からやって来た可愛らしい令嬢の姿が見えた。
どうやら銃声は彼女の仕業の様だった。
人型の的に向かって拳銃を構える様子は、可憐な容姿にはそぐわない。
この国の貴族の令嬢はややバイオレンスな性癖を持つ傾向があるのだが、彼女も例外ではないようだ。
庭師は、伯爵邸の庭に従者らしき男が現れ、こちらに視線を向けたため、慌てふためきながら生垣から離れた。
◇
視界の端に現れた男の姿に驚き、シエルが撃った銃弾は的を大きく外れた。
シエルは一度溜息をつき、訓練用の耳当てを外しながら、男を確認する。
裏庭の射撃場に現れたのは従者のルパートだった。
「吃驚した……。耳当てしてると外の音ほとんど聞こえないからさ」
「今度からは石ころを投げつけて合図しますね。訓練まだ続けますか?」
「どうしようかな。少し訓練しなかっただけなのに、腕がなまってるんだよね」
「まぁ、元々そんなに銃の腕良くありませんしね」
「ヤル気無くすような事言わないでよね」
シエルに睨み付けられても、ルパートはヘラヘラ笑う。
この男の凄い所は、憎まれ口を叩いても恨みを買わないところだ。
「昨夜は外出したのに、疲れてませんか?」
「多少はね。でも我慢出来る程度だから大丈夫だよ」
昨夜シエルはアルバートと話し合う事が出来、ジャックの兄ブライアンと会わせてもらう約束を取り付ける事に成功した。
アルバートの話によれば、ロンゴミニアドに意識を乗っ取られているという事の様だったので、すんなりと話し合いが出来ないのではないかと予想している。
下手すると、襲い掛かられる事態も想定できるため、午前中に政務関連の勉強をした後、銃の特訓をしていたのだ。
「そうですか。それにしても、慣れない銃を持ち出す必要ってあります? 相手はジャックさんの兄上なのに。撃ち殺す気満々です?」
「ま、まさか! 撃ち殺すとか、物騒な事言わないでよ」
「じゃあ何でです?」
「スピード……かなぁ」
ブライアンが所持する武器が槍と聞き、思い出したのは、カントリーハウスでの古代王の動きだった。詠唱する暇がない程の激しい戦闘。
あの状態では水晶を用いた簡易魔術の使用すら危ういかもしれないと考えた。
だから1年ほど前に自分で改良した魔導銃を持って行く事にした。
圧縮した魔力を込めた銃弾と力を込めるだけで自動で自らの魔力を発火に利用する事が出来るトリガー。
これらが組み合わさり、威力は通常の銃の10倍は超える。
確かに人に向けるには危険すぎる代物なのだ。
「威嚇用に使うだけだから!」
「何か心配になりますね。後でジャックさんに泣かれても知りませんからね」
「うう……」
嫌そうに顔を顰めるルパートの様子を見てると、不安が伝染するではないか。
「シエルお嬢様!」
伯爵家のメイド長が慌てた様に裏庭に現れた。
顔の前にフライパンをかざしているのは、シエルに撃ち殺されるとでも思っているからだろうか?
「どうしたの?」
シエルは彼女の失礼な態度をスルーして、要件を聞く事にした。
「ブレア・ダグラス様がいらっしゃいました! サロンにお通ししております」
「分かった! すぐに行く!」
現在夕方ではあるのだが、エレインとの待ち合わせの時間が20時であるため、思ったよりも早い到着だ。
「あ、夕食を2人分サロンに用意してもらえる?」
「畏まりました」
食事してから待ち合わせ場所に向かえばちょうどいいかもしれないと思いいたり、メイド長に用意を頼む。
「シエル様、安全装置を忘れないでくださいね」
「分かってる」
シエルは安全装置をセットし、腰に装着したホルスターに魔導銃を突っ込んだ。
邸宅の裏口から入り、サロンに向かう。
ドアを開けるとブレアが優雅紅茶を飲んでいた。
本日はラフな装いだ。
「御機嫌よう、ブレアさん」
「ご機嫌よう。昨日ぶりですね」
ブレアはシエルの物々しい服装に面食らったようだが、直ぐに表情を取り繕った。
「エレイン嬢を撃ち殺しに行くんですか?」
「ブレアさんまで……やめてください」
「冗談です」
昨夜の夜会のエレイン嬢とのやり取りを思い返すと、あまり冗談に聞こえない。
シエルはブレアのいい笑顔を半眼で見つめた。
「今日はジャックさんのお兄様との交渉が目的ですので、エレイン嬢をあまり煽らないでください」
「向う次第ですね」
「まぁ、それもそうですね」
エレインは横暴な性格の女性の様なので、早くも気が重くなった。
◇




