12-1
「あの、アリシア・アースラメント様はどこにいらっしゃるかご存知ないですか?」
「ああ? アリシア様って、おめー何ボケてるんだ。10日以上前にアストロブレームに戻ったろうがよ」
目の前にいる簡素な鎧を着た兵士はジャックの姿を上から下までジロジロと眺め、首を傾げている。ジャックはローズウォールの地で知り合ったハーディングからアースラメントの私兵が着用する鎧を貰い、着用している。周囲の兵士達とうまく混ざっていると思いたいが、ジャックの問いに応じる男は違和感があるのかもしれない。
「俺は別の任務で他所にいましたから」
「なるほどな」
ジャックはローズウォールにコーネリアを送り届けた後、ヨウムと共にアストロブレームに近い小さな村に来ていた。この村は、アストロブレーム直下で多発している地震から逃れて来た住人達の避難地になっている。
アリシアは、アストロブレームからここまで難民を護衛したはずだから、そのまま駐在しているんじゃないかと思ったが、ジャックの勘は外れた。
(それにしても、こんな小さな村にこれ程の人数……避難生活が長引いたらやばそうだよな)
ジャック達が会話をしている場所の周辺には、建物から溢れてしまった難民たちが座り込んだり、横になったりしている。
健康状態も悪化してそうなその様子にジャックは眉根を寄せた。
「あの、これ避難民の方々に分けてください」
ジャックは多めに持って来ていた食料を兵士に分けた。嫌な予感がしたために、ここに来るまでの街で買ったのだ。
「ああ、配っておこう」
「アストロブレームって、今どんな状態な――うわっ!」
話している途中に割と大きな揺れが襲い、ジャックは壁の崩落に巻き込まれないように近くの建物から距離をとった。
質問に応じてくれている兵士も同じように離れる。
「ここまで地震の揺れは届くんですね」
「ああ、最近酷くなってるんだよな。折角苦労してアストロブレームの住人達をここまで移動させてきたってのに、もっと離れたとこにまた連れて行く事になりそうだな」
兵士はやれやれと溜息を尽く。地震の頻発にウンザリしているのだろう。
地震の揺れは数十秒程度で収まる。建物の被害はなさそうだ。
「こう酷いと、ユックリ休む事も出来ませんね」
「全くだよ。アストロブレームの事を聞きたいんだったな。あそこはもう地面が割れ、建物は瓦礫の山になってる。人が住める様な状態じゃない。アストロブレーム城は何故かびくともしないらしいけどな」
アストロブレーム城とは、ジャックが召喚された場所の事だろうか?
この地震で移転装置が破損している事も予感していたため、まだ希望が持てそうな事に少しだけ安堵する。
「そんな状況なのに、何故アリシア様は戻られたんですか?」
「ハロルド様に呼ばれたんだよ。噂によると、捕らえてた魔術師の一人を逃した事を罰せられているとか」
「……そうですか」
(それって、コーネリアさんの事だよな)
ジャックはアリシアと共に、ハロルドに捕らえられていたコーネリアを救出した。兄弟という関係であっても、ハロルドはこの事を許さなかったという事なのだろう。
「実はここだけの話なんだけど、この地震はハロルド様に恨みを持つ魔術師達が仕組んでるんじゃないかって言われてるんだ」
「魔術師が……ですか」
「ハロルド様は魔術師狩りをしたからな。奴らの仲間が地震を仕組んで、混乱に乗じて救出を目論んでたとしても不思議じゃ――ギャア」
「無駄話する暇があるなら見回りにでも行ってこい!」
ジャックと会話していた兵士は別の兵士にゲンコツを食らった。
「申し訳ありません! すぐ行きます!」
兵士は頭を抑えながら走り去る。その様子を見遣っていたジャックにも怒声がとばされた。
「何をボンヤリしている! お前も行くんだ!」
「あ、はい!」
変に注目され、疑われてはまずいため、ジャックは素直に見回りすると見せかけながら村の外れに向かって走った。
そのまま外周を歩き、ちょっとした林の中に繋いでいた馬の所まで戻る。
土に埋めておいた荷物を掘り起こし、馬の背に括りつける。
アリシアがいないなら、この村に長居しない方がいい。そのうちジャックの顔を覚えている人間に会ったら厄介だ。
バサバサと軽い羽音が上空から聞こえてくる。
「ヨウム!」
「オイ! ドウダッタ?」
「アリシアはここに駐在してなかった。アストロブレームに向かおう」
「分かった」
(それにしてもアリシアの事、どうするかな……)
アリシアに対して友情の様なものは感じているが、兄妹間のいざこざに巻き込まれるのは流石に勘弁してもらいたい。でもこのまま城に忍び込んで戻ってしまったら今生の別れとなるので、悩ましくもあるのだ。




