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11-6

 シエルとブレアの紹介があった瞬間静まり返った会場は、2人がフロアに下りると再びザワザワとさざめく。


「あの方がシエル様か――」

「エスコートはノースフォール公爵家の――」

「アルバート様がいらっしゃるのに、どうして――」



 好奇心に満ちた会話は嫌でもシエルの耳に入る。

 社交界慣れしてないからというのもあり、だんだん萎縮してしまいそうで、ブレアの様子を伺った。

 堂々と背筋を伸ばし、そつなくエスコートをこなすブレアは、彼の話題も出されているにも関わらず、どこ吹く風という感じだ。


「あの、いつもこんな感じなんですか?」


「開始時間より遅れて到着した者は、噂話のネタにされる事が多い気がしますね。今日はその対象が貴女ですので、興味は他の者と比べても桁違いに高いでしょう」


「こういうの苦手です」


「慣れた方がいいですよ。これからシエルさんは死ぬほど夜会に参加する事になるでしょうし。……あ、向こうの禿げ頭の男がレンディング伯爵です」


 ブレアが指し示す方を見ると、頭のてっぺんが剥げ散らかっている男性が微妙な顔でこちらを見ている。


「アルバートと話す際は彼に立ち会ってもらいましょう」


「でもレンディング伯爵はアルバート王子側についているんじゃ?」


 レンディング伯爵は元老院議員であるのだが、アルマからの情報では、アルバート側についていたはずだ。今夜の夜会にわざわざアルバートが訪れている事からも、親密さがうかがえる。


「そうですが、俺達2人で会い、話すのと、一応夜会の主催者に立ち会うのとでは、後々問題が起こった場合の対応のしやすさが違います。一応主催者は夜会で起こるトラブルを処理する義務もありますからね」


「そうなんですね」


「ようこそおいでになりました」


 ブレアと立ち話をしている間に、レンディング伯爵の方からこちらに近寄って来た。


「こんばんわ。良い夜ですね」 「伯爵、昨日ぶりですね」


 レンディング伯爵の表情はシエルを歓迎しているとは言えない仏頂面だ。でもこんな事をイチイチ気にしたら身が持たない。


「レンディング伯爵、アルバート王子と話したい事があります。取り次ぎをお願いしたいのですが。可能ですか?」


「シエル様、それはアルバート殿下をここに呼べと言う意味ですかな?」


「呼べとは言ってません。レンディング伯爵の立会の元、アルバート王子と交渉を行いたいのです」


「交渉ですと……? 殿下と直接会って、という事は禄な事ではありますまい」


 レンディング伯爵はシエルをアルバートに害する者として決めつけてしまっているようだ。ブレアの顔を見上げると、難しい顔をしている。


「レンディング伯爵、どうしても無理だと言うのなら――」


「お嬢さん、一曲如何かな?」


 ブレアの言葉を遮るように背後からかけられた声は、聞き覚えがあった。


 不意打ちすぎて心臓が止まりそうだ。


 大きく深呼吸してから振り返ると、背後に立つ人物は、予想通りの金髪の美男子だ。

 

「初めまして……でいいのかな? シエルちゃん」


 面白そうにシエルをのぞき込む人物と『シエル』は初めて会う事にしなければならない。


「ええ、初めてですね」


 あくまで初対面を通そうとするシエルにアルバートは一度クスリと笑ったが、前回会った時の正体については言及しない事にしたようだ。


(バレバレみたいだけど……)


「で、どう? 僕と一曲踊ろう。そこの禿げ親父を相手にするより楽しいと思うよ」


(嫌すぎる……)


「アルバート、俺達はお前と話をしに来た。タコ踊りは他の女としてろ」


 シエルがどう断ってやろうかと頭をひねっている間に、ブレアがアルバートにふっかけた。


「タコ踊りねぇ……、これだから北方のド田舎を領土に持つ貴族は言う事が違う。あ、いい事思いついた! ブレアが上品なワルツを見せてくれないかな? エレイン嬢と」


 アルバートが体を横にずらすと、そこには不機嫌全開のエレイン嬢が立っていた

「ジャックと一緒に居た娘じゃない! ていうかオークションにも出席してたでしょ!?なんなのアナタ!?」


「エレインさん、今日もお元気そうですねぇ……ウフフ……」


 鬼の様な形相のエレインから顔を反らしながら、シエルは声だけで笑う。


「そろそろ曲が始まるよ。ブレア早く踊ってみせてよ。王子の命令だよ」


「クソビッチと踊ったら皮膚がただれる」


「はぁ!? このガキ上級貴族だからって何調子こいてるわけ!? ガキはガキらしく、お手て繋いでお散歩デートでもしときな!」


「清楚な美少女との手つなぎ散歩は最高すぎるだろう!」


「キモイ! アンタみたいな将来有害な男、この場で果てな!」


 以前会った時よりもパワーアップしたような気がしないでもないエレインの様子に唖然としてしまう。


 その勢いたるや、心臓に疾患がある人間を数分であの世に飛ばすかのごとくだ。


「もしかしてアルバート王子って、エレインさんの事、対坊ちゃん用の生体兵器として同伴してるんです?」


「アハハ! シエルちゃんておもしろいね。実は坊ちゃんだけじゃなく嬢ちゃん用でもあるんだ」

「この小娘、言わせておけば!」


 つい思った事をポロってしまった時にはもう遅く、笑い転げるアルバートと烈火の様に怒るエレイン。カオスに拍車がかかってしまった。

 周囲にいた貴族達はドン引きして徐々に距離を取り始める。


「ゴホッ! ゴホォ! もーしわけない! どうかお収めくだされ! 静まれぃ!」


 レンディング伯爵の野太い叫び声がホールに響き渡り、漸く場が鎮まった。

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