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2-5

 かなりの苦しみがあった。

 シエルの魔術があっても、頭が割れそうに痛み、身体中の皮膚がビリビリに裂けてしまいそうだ。

 ジャックはその感覚に意識を向けないよう、全神経を大剣に集中した。


「グ……ゥッ!」


 剣から何かエネルギーの様なものが大量にジャックの体に流れてくる。

 それをジャックは歯を食いしばって耐える。

 体中にエネルギーが回るような感覚の後、嘘の様に体から苦しみが抜けていった。


 一瞬剣と鞘が大きく光り、それらはジャックの体に溶けるように吸い込まれた。


「!!?」


「ジャックさん、まさか……」


 ジャックは驚き、両方の手の平を見ると、光り輝く金色の細いひも状の物がジャックの腕に何周か巻きつき、中指まで伸びた後に指の周りで一周巻きついた。


(何だこれは……?アクセサリー?)


 ジャックが呆然としているといきなり手の平同士を打ち鳴らす音が聞こえた。


「ジャック・フォーサイズ!大剣に気に入られたようね」


 こんなボロボロの石畳なのに、優雅な歩みで現れたのはシエルの麗しい祖母アルマだった。


「おばあちゃん!帰ってきていたのね」


「ええ、今家についたら凄い音が聞こえたから来てみたの」


「剣が、俺の体に吸収されてしまいました……」


「あなたを主として認めたという事よ。だからあなたの体に取り込まれた。この地に伝わっている古代の王の伝説によれば、エクスカリバーは、あなたの意志に従い、自由に出し入れ出来るようになるんじゃないかしら」


 信じられない話だった。

 まさか自分が特殊な力を得ようとは……。


「古代王は、消滅しちゃったの?」


 シエルの言葉で、古代王の存在を思い出し、広間の方を振り返ってみると、何者の姿も見えない。


「そうね。元々はエクスカリバーが古代王の魂を元に実体化させていたのでしょうけど、ジャック氏が新たなマスターになったわけだから、古代王への魂の拘束を解いたのかもしれないわ」



「なるほど……。あ!外にでませんか?天井が危険です」


 シエルの言う通り、天井の石がボロボロと崩れてきていた。そのうち一気に抜け落ちるかもしれない。


「すぐに出ましょう」

「出よう」



 古代王は彼の望み通り天に昇る事が出来たのだろうか?

 体臭が原因で女性に虐げられた過去を持つ彼が、天では温かく迎えられていたらいい。



*********


 ジャックという男の身に起きた事は全くもって信じがたい出来事だった。

 シエルはこんがりと焼けたマフィンにがっつりとバターを塗りながら、ジャックを盗み見た。

 昨日までちょっと見た目がいいだけのありふれた男という感じだったのに、どういうわけか今日の ジャックは神々しくみえる。


 ジャックの右手首から中指にかけて巻きつく紐状の金属。


 あれが、伝説の剣エクスカリバー……。


 ため息が聞こえ、顔をあげると、ジャックはシエルを見ていた。


「そんなに見られたら手に穴が開く」


「わわ!」


 いつのまにか身を乗り出すようにしてマジマジと見つめていたらしい。

 シエルは慌てて窓の方に視線を反らした。

 何分くらい見ていたんだろうか?自分のはしたなさにシエルは赤面した。



 昨夜、シエルは変な時間に目を覚まし、その後寝付けなくなったので厨房に行って何かおいしそうな物がないか探していた。その時に地下の方で音がするのを聞いたのだ。

庭から地下へ続く通路へ入ると、あり得ない光景が広がっていた。


 外の12個の結界だけがエクスカリバーの守りになっていたわけではない。

 通路内にもいくつもの呪印を施し、外からの侵入を防いでいたはずだった。

 しかしそれはことごとく破られていた。

 焦って確認しにいくと、ジャックが戦っていた。


 相手の年配の男が振り回すのは書物で見たことがある伝説の槍だ。

 そして自分の足元に転がっているのは伝説の大剣。

 エクスカリバーは次のマスターを探しているとアルマに聞いた事があり、ジャックが誘い込まれたのだろうと推測した。


 ジャックがエクスカリバーをうっかり引き抜いてしまうという事故で死にかけた時に、シエルはジャックにエクスカリバーを鞘から全て引き抜く事を助言した。

 なぜ自分はその様な事を伝えたのか、シエルは考えていた。


 たぶん、ジャックがエクスカリバーをうっかり引き抜いてしまった時、そのまま見殺しにするのが一番正しい選択肢だったんじゃないかとも思うのだが、あの時は見殺しにしようなどとは一切思わなかった。


 自分が助けられたというのも大きいかもしれない。


 でもあの時はこの人ならエクスカリバーのマスターになり、その宿命を背負えるんじゃないか?と思えたのだ。


 自力で広間まで辿り着けた事も驚異的だし、

 圧倒的な力を持つ古代王に対して怯む事なく立ち向かう姿や、知り合ってから間も無い自分に対して時折みせる優しさなど。

 ジャックは特別な力を持っているように思えた。


 そして実際自分の前で伝説の大剣を引き抜いて見せた。

 シエルの魔術の介護が有ったにしても、凄い事だった。




 ローサー家の2人とジャックは明け方から、ローズウォール市長の邸宅を訪れていた。


 地下の広間や通路への損害で、シエルの住む屋敷の東側が傾いてしまったからだ。

 幸いけが人などはいなかったが、厨房の壁に大きな亀裂が入るなどなど安全面に問題があり、アルマが交友関係をもって いたローズウォール市長の邸宅にお邪魔する事になったのだった。


 アルマは朝から市長と話をするために別室で朝食をとっていた。

 たぶんエクスカリバーの報告などをしているのだろう。



「ちゃんと眠れたか?」


「いえ、あんまり……。昨日あんな事になっちゃったから目が冴えてしまって……。でも他所様のお宅でズルズルと寝続けるのも抵抗あるので、寝ていられなくて」


 市長は深夜に邸宅に訪れた3人に嫌な顔をする事なく、一人一人に客室を与えてくれた。

 でも朝までは時間が少なく、たっぷりと寝る事は出来なかった。


「だよな」


「ジャックさん、朝食を食べ終わったら市街地に一緒に行きませんか?ここは結構歴史的な建造物があって観光客も訪れるんですよ」


「行こうかな。実は服の着替えとかも持って来てないから買いたい」


 ジャックが昨日着ていた軍服はアチコチが穴だらけになっているし、かなり汚れていたので、ローサー家の執事の息子さんの服を借りて着ていたが、サイズが合わないようで、ぶかぶかだ。


「じゃあ9時になったら出発しましょう!」


「おいシエル!」


乱暴に名を呼んだのはジャックではない。


(うわ……メンドクサイ奴が……)


 シエルがギギギ……と振り返ると、怒りに目を吊り上げる少年がいた。

 市長の一人息子のオリバーだ。濃いブラウンの髪と、ポッチャリとした体形の少年はシエルと同じの16歳だ。

 良家の子弟の常として、パブリックスクールに通っているのだが、長期休みを利用して家に帰省してきているらしい。


 朝食はこのオリバー少年と一緒に食べていた。


 オリバーは食事の間終始不機嫌そうな顔をしている。


「お父様に聞いたら深夜にこの男と一緒に来たそうだな!」


「ええ、そうよ。それがどうかした?」


「どうかした?じゃない!お前は将来僕の妻になる女なのに、ふしだらだ! 『昨日あんな事になっちゃって』って、2人で何やってたんだよ!?」


 オリバーはテーブルをドンッと叩く。


 ジャックの方を見ると、雑誌に目を落としてコーヒーを口に運んでいた。

 無視を決め込むつもりのようだ。

 オリバーに視線を戻すと、ジャックとの対比で可哀そうなくらいにお子様に見える。


「オリバー・モリス、目を開いたまま寝ているの?あなたのフィアンセになった覚えはないのだけど」


 シエルはアルマの真似をして、オリバーを見下す様な態度をとった。


「お前は日頃から魔術がどうとか、呪印がどうとか言ってて頭おかしいし、異様な大食いだから、僕が貰ってやらないとどうせ嫁に行き遅れるだろ。だから寛大な僕が嫁にもらおうと決めたんだ! お前は見た目だけならこの街で一番かわいいからな!」


「あたまがおかしいのはあなたよ。自分の願望を決定事項であるかのように語るのはやめてくれる?」


 シエルはだんだん腹が立ってきた。

 自分が魔術師だったらこんなチビデブと結婚しなければならないなんてあんまりじゃないか。

 いつか素敵な人と出会って、恋に落ちるかもしれないというありふれた期待をちょっとだけ持っているのに。


「結婚は色んな男性と会って話してみてから決めるの」


「これだから世間知らずのガキは困るよ」


 オリバーが厭味ったらしく手のひらを上げて”呆れています”というポーズをとるので、シエルの苛立ちは限界に達した。


「同じ歳でしょ!」


 テーブルを叩き、シエルが立ち上がると、同じタイミングでジャックも立ち上がった。


「ご馳走さま」


 ジャックは背を向けてサロンの出口に向かった。

 シエルとオリバーの会話が子供っぽすぎて嫌になったのかもしれない。

 オリバーに乗せられた自分が恥ずかしくなっていると、ジャックは振り返って、懐中時計を示してみせた。


「むむ……?」


 始めて見るような伝え方なので、シエルは狼狽えた。

 今のは”時間を守れ”という意味なのか……?


「あーあ、モテ男に遊ばれてもしらないからな」


 オリバーはなおも憎まれ口を叩く。


「別にそんなんじゃないわ!」


 シエルはオリバーを黙らせるため彼の口にマフィンを大量に詰め込んでやった。


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