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「うわ! 何だこの部屋、青い!」
ルパートにより扉を開けられ、姿を現したブレアは青く染まった部屋の様子に驚きの表情で固まってしまった。
「ブレアさん、ようこそいらっしゃいました。そこで立ち止まられてしまうと、部屋の様子が廊下から丸見えですので、入って来てもらえませんか?」
シエルはブレアがなかなか室内に入って来ない事に焦り、自らも扉まで歩いて行き、ブレアを促した。
「申し訳ない……。少し驚いてしまいました」
ブレアはバツが悪そうな顔をし、部屋の中に歩みを進めた。
「気持ちは分かります。でもだんだん光は収まってきているんですよ」
シエルが青い石をブレアに見せれば、彼は「成る程」と頷いた。
「それはバーデッド子爵家で見せていただいた物ですね。あー……、もし宜しければ科学省に貸してもらう事出来ませんか? どういう構成なのか調べさせたいので」
「え!? だ、だめです!」
シエルが慌てて背中に隠すと、ブレアは分かりやすく落胆してしまった。
「ですよね……、俺が知っているどの鉱石にも特徴が当てはまってないように見えるんで、気になってしまって……」
「やっぱり、分かる人には分かるんですね。正直言って自分もこの石の事は気になってはいるんです。でも預かり物ですので」
「元の持ち主との交渉次第って事ですね」
「そうなりますね」
「シエル様、お茶をお出ししますから、座ってお話したらどうですか?」
「あ、そうだよね! ブレアさん、気が利かずにすいません、ソファに座ってください」
「いえ、自分も急に押しかけてしまって、すいません」
ルパートに言われなければ、ずっと立ち話してしまうところだった。
イマイチ田舎者くささが抜けきらない事に、シエルは自分で呆れてしまう。
2人でソファに腰かけている間に話が途絶えてしまい、なんとも言えない沈黙が落ちる。
シエルは同年代の異性の友人が数えるほどしかおらず、数少ないその一人もチビデブの変わった性格の少年だったため、同年代で、しかも田舎ではお目にかかれないくらいに整った容姿のブレアに正直緊張してしまう。
だけどこのまま黙ってるのもおかしいので、シエルから口を開いた。
「あの……。ブレアさんがこちらにいらっしゃったのは、私に何か話があったからでは?」
控室に引っ込むのを見ていたから、ブレアはこの部屋までわざわざ来たのは間違いないだろう。それなのに、なかなか話始めないのは、話ずらい内容だからなのだろうか?
「そうです。一度話を持ち掛けた以上、お伝えしないわけにもいかないかなと思いまして……」
彼の気まずそうな様子に、シエルは首を傾げた。
「バーデッド子爵家でお会いした時、ワームホールに関してのお話をしましたね」
「ええ、何か分かりましたか?」
「いえ……、俺は……というか科学省は一人の無能に振り回されていただけで、貴女の魔術の参考にしていただけるような情報は得られませんでした」
「そう……ですか……」
ブレアが持ってくる情報に期待しすぎてはいけないと自分に言い聞かせていたはずなのに、落胆を隠しきれない。
「ブレアさんはそれを伝える為にわざわざこちらにいらっしゃったんですか?」
「いえ、シエルさんを止めようと思ったから来たんです」
彼が何を言い出すのかと、少しだけ混乱する。
「魔術でワームホールを開けるか、それに準じた事をしようと考えていますね?」
「……」
シエルはブレアの顔を初めてちゃんと見たかもしれない。
少年の域を抜けきらない容姿なのに、そのアメジストのつり目からは大人びた誠実さを感じ取れる。
(裏表ある人なのかと思ってたのに……)
ブレアはたぶんシエルに向き合おうとしている。
だからシエルも適当に誤魔化さない事に決めた。
「わたしが魔術を失敗するという前提で話されるんですね」
「貴女が優れた魔術師の1人だという事は知ってますよ。ですが、リスクは極力さけるべきだと思うんです」
「私が考えている魔術はリスクがゼロではないのは間違いないです」
「リスクがゼロではないというより、成功の確率がゼロに近い、が正しいのでは?」
「ハッキリ言ってくれますね」
シエルは目を細めて、ブレアを見つめた。
ほとんど睨んでいると言っていいかもしれない。
(ブレアさんは、先日言っていた魔術師に話を聞いてきたんだろうね。その上で話をしてるんだ)
「たぶんブレアさんがおっしゃっている魔術と若干異なりますよ。私はジャックさんが作り出したであろうエネルギーに似せたものを魔術で模倣しようと計画しています。その方法なら、博物館に有った移転装置を起動できるんじゃないかと思ってます」
「だからそれが、先程俺が言った、ワームホールを開く事に準じた魔術だと言っているんです」
「その元となるエネルギーを作り出すので、もしかするとリスク的には似た様なものだというのは否定できないです。でも成功の可能性があるなら試してみたいんです」
「貴女は次期国王陛下です。その立場を忘れるべきではないのでは? 自分だけじゃなくて、国民への被害を考えた事はありますか?」
「ハッキリ言ってくれますね。愚かに思えるかもしれませんが、私はジャックさんに戻って来てほしくて」
ブレアから、見ない様にしていた事柄を指摘され、途方に暮れる。
この話の流れだと、たぶんジャックを諦めるように言われるんだろう。
折角固めた決意が再び揺らぎ、苦しくなる。
「落胆しないでください。貴女を絶望させようと思ってきたわけじゃないんです」
「もういいです……。一人で考えさせてもらえませんか?」
「ちゃんと聞いてください。貴女の魔術よりも確実な方法が残されてます」
「え?」
シエルがブレアの顔を見上げると、不敵な表情を浮かべていた。
「バーデッド家長男、ブライアンに協力させましょう」




