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11-1

 パーンという破裂音を合図に、一斉に競走馬がレーンを走り出す。

 シエルは主賓席で頬杖を付きながら眼下で繰り広げられる熱いバトルを眺めながら、冷めきった感情の置き所が分からずにいた。


「シエル様、頬杖はやめましょう。国民に対して品位を見せつけなければなりませんからね」


「品位ですか……」


 後ろに控えていたハドリーにコソっと耳打ちされ、シエルはしょうがなく居住まいを正した。


 今日は朝からハドリーに連れ出され、午前は慈善団体を訪問したり、国外からの賓客を迎え、午後からは競馬のシーズン開幕のセレモニーに主賓として出席していた。

 本来であれば国王陛下が出席するはずなのだが、病に臥せっているために、シエルが代理を務めている。

 この様にして、外堀を埋めていっているのだと理解はしているのだが、なかなかに退屈な公務の数々に辟易としてしまう。


 ジャックの救出のために早く行動に移したいのに、立場上自由になる時間が減っていく事への焦りもある。


 ベージュの上着のポケットに入れた小箱をそっと取り出す。

 この箱を不特定多数の視線があるここで開ける事はしない。ただこの石の存在に意識を向ける事で心を落ち着かせたかった。


 

(ジャックさん、待っててください。必ず助けますから)


 そっと箱の側面を指でなぞる。

 すると心なしか、小箱からうっすらと青白い光が漏れだした。


(あれ? こんなに光る事はこれまでなかったのに)


 箱から漏れる光は徐々にに強くなっている様だ。

 シエルは他人から箱が注目される前に上着にしまい、代わりにレースのハンカチを取り出した。

 そのハンカチを口に当て、後ろに立つハドリーを振り返る。


「ハドリーさん、気分が悪いです。申し訳ないのですが、控室に戻ってもいいですか?」


「ええ!? 朝から顔色が優れないから心配ではありましたが……、倒れてしまう前に中に入りましょう」


 ハドリーが差し出した手に助けられるようにして立ち上がると、周囲の視線が集まる。

 その中を弱々しく見えるように歩き、屋内へと下がっていった。


 人の目が届かなくなった当たりで、シエルはハドリーから手を離し、ハンカチをしまう。


「シエル様?」


 控室に向かって速足で歩き出したシエルに、ハドリーは困惑した表情を見せた。


「ちょっと急ぎます!」


「む……、もしかして仮病ですか?」


「黙秘します!」


 ハドリーの整った顔が嫌そうに歪む。

 それを無視して、さっさと通路を進み、最奥にある両開きの豪華な扉を開けた。


「あれ? シエル様もう終わったんですか?」


「一応務めは果たしたよ。開幕のスピーチもしたしね」


「はぁ……」


 中で待っているのはルパートだ。

 予定よりも早く戻ったため、キョトンとしている。


 この部屋はロイヤルファミリーの為に設けられた控室なのだが、本日はシエルが主賓として使わせてもらっている。

 部屋の中央にある大きなソファに腰を下ろすと、ハドリーがつかつかとシエルに詰め寄って来る。


「シエル様、身勝手すぎます! 仮病を使うなんて前代未聞ですよ!」


「ハドリーさんが黙っていてくれたら嘘も本当の事になるんじゃないです?」


 ひじ掛けにもたれて、ニヤニヤすると、ハドリーは眉間をおさえた。


「アルマ様の真似しないでくださいませ。将来が不安になりますので」


「それにまるっきり嘘ついているわけじゃないですよ? 今も何故か眠くて……」


「あのですねぇ……」


「ハドリー様、申し訳ありませんが戻っていただいても宜しいでしょうか? 様子を聞かれたら、『だいぶ悪いようだ』とお伝え願います。シエル様はご公務の重責に悩み、よく眠れていないようなのです」



 珍しく助け船を出してくれたルパートに、首を傾げる。

 その視線が今はちょっと黙ってろと言っている。


「しょうがないですね。今回だけですよ!」


 盛大なため息をつきながら出て行くハドリーに小さく手を振る。


「有難う」


「たまにはシエル様に恩を売っておこうかと」


「何それ」


 ルパートの軽口に肩を竦めながらポケットから小箱を取り出す。


 やはり小箱は内側から青白い光が漏れだしている。


「それ、ジャック氏の形見なんでしたっけ?」


「縁起でもない事言わないでよ」


 箱を開けると、青白い光が部屋中に広がった。


 石が一瞬にして部屋を神秘的な空間へと作り変えたのだ。


「わぁ……」


「凄いですね。あ、あれ見てください」


 ルパートは天井を指さした。

 青く染まる天井の中、十字と菱形を組み合わせた模様が浮かび上がっていた。

 

「何だろ、あの模様」


 石本体に目を戻し、観察してみると、石の中央部に以前はなかった模様が刻まれていた。――天井に浮かび上がった模様と同じだ。


「こんなの今まで無かったのにな」


「以前見た時もちょっと思ったんですけど、それ魔石っぽいですね」


 遠慮なく石をのぞき込むルパートがポツリと呟いた。


「やっぱりそう思う? 最初はフローレッセンスのせいで光ってるのかと思ってたんだけど、この石は自ら発光しているみたいだもんね」


 ダイヤやルビー、スピネル等の宝石の中には特殊な光を当てると蛍光に光るものがあり、その現象をフローレッセンスと呼ばれている。

 だけどこの石はそれ自体から光を発するため、それには当てはまらない。

 

「これ、エクスカリバーの鞘についてたものなんでしたよね。光ってるって事は、ジャック氏に何かが起きたんでしょうか」


「そうなのかな……」


 古代人が作ったとも、異世界からもたらされたとも言われる魔石は、現状この世界に4つしか確認されていない。個数が少なく、それぞれの国の国宝にされている魔石の研究は進んでいないのだが、魔石はどれもこれも所有者と強くリンクしているようだという曖昧な情報は昔からあるのだ。


(ジャックさんに繋がってるなら、私の力を送って……)


 シエルは石を握り、ギュッと目を瞑る。

 すると、少しずつではあるが光が収まっていくようだった。


(あれ?)


――コンコンコン



「誰でしょうね、ちょっと行ってきます」


「うん」


 3度ドアノブをノックされ、ルパートが扉に向かった。

 ルパートが誰何を問うと、ブレア・ダグラスと返事が返される。


「どうします?」


「お迎えしよう」


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