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「やばい、気づかれたかもしれません」
「あれは、古代遺跡に描かれていたタローンの姿にソックリだわ」
コーネリアの方を見ると、彼女は青い顔で巨人を見つめていた。
「え、じゃあアレがさっき言ってた神獣……?」
「だろうな」
青銅色をした巨人タローンは、こちら側を呆けた様子で見つめている。
しきりに首を傾げ、頭をポリポリと掻いている。
「何やってんだアイツ……。まるでヨウムみたいな動きだな」
「シツレイナ! バカト イッショニスルナ!」
ジャックの煽りに反発し、ヨウムがキー! と奇声を上げると、タローンは前傾姿勢をとり、瞳を赤く輝かせた。
ヨウムにバカと言われ、気分を害したのかもしれない。
口をパカリと大きく開けた姿は何とも言えずに不気味だ。
「あの姿勢、どういう事なんだ……」
「まずい気がする……。2人ともこの場から逃げよう」
「え、ええ!」
焦った様子のハーディングがコーネリアの手を引き、再び森の中に走る。
ヨウムもジャックの肩から飛び立ち、2人の後を追った。
「ジャック! グズグズするな! 急げ!」
「はい!」
ハーディングに促され、ジャックも森へと向かう。
その途中タローンを観察すると、その胸は赤く染まり、マグマの様に溶け落ちそうに見える。触れたら火傷ではすまないだろう。
(これから何か攻撃する気なのか?)
ジャックが森に入り、もう一度タローンの方を見ると、ちょうど胸の赤みが無くなった瞬間だった。
――ドォォォォォオオオオオオオ
タローンの口から何かが吐かれた。
そう認識できるのと、そばを赤い炎の壁が通り抜けるのは同時だった。
「うっそ……」
タローンの位置から、ジャック達が先程までいた位置を結んだ線上のなにもかもが燃やされていた。いともたやすく山火事を起こす様を目の当たりにし、タローンという存在が神獣と呼ばれる所以が良く理解出来た。
煙と共に焦げ臭い匂いが漂い、ここに長居するのは危険に思われる。
「アイツのブレス? 半端じゃないですね。ここにずっといるのも危険かもしれません」
「だな。進むぞ」
ハーディングはウンザリしたような表情でコーネリアの手を引き、歩みを進める。
「というか、何でタローンの封印が解けているのかしら」
「神具はアースラメントに略奪されたというお話だったんじゃ?」
「お父様がそれだけ持ち去ったのかしら……」
3人で話をしながら、出来るだけタローンから距離をとろうとする。こちらに攻撃をしかけたのが、ただの気まぐれに過ぎず、姿が見えなくなったら気が変わる事を期待した。
しかし、地響きにも似た足音がこちらに近づいて来ることで、期待は落胆に変わった。
完全にこちらをターゲットとして認識してしまったのだ。
「神獣は領地を守る主の様な存在なの。敵と見做されたら、ローズウォールを出るか、殺すまで追いかけてくるんじゃないかしら?」
「それじゃあ、いつまでたってもアーロンさんに会えないですね……」
「コーネリア様、王の事は残念ですが、領地を出ましょう。貴女の命を守る事が俺の最優先です」
「ハーディング……、有難う。でも逃げる途中で攻撃をされ続けたら、領地の住人の命が危険に晒されるんじゃないかしら……?」
コーネリアの主張はもっともだ。タローンのあの範囲攻撃はターゲットだけではなく、その周辺の物まで焼き尽くすだろう。不用意に逃げる事で被害を甚大なものにするはずだ。
「再封印する事は出来ないんですか?」
近づきつつある足音にビビりながら、ジャックは尋ねる。
「神具が必要だし、タローンが封印されていた場所に行かなきゃならないわ」
「何となくですが、そこにアーロンさんがいるような気がします。もしかしたら神具を持っているかもしれませんし、他の手を知っているかもしれません。行ってみる価値があると思うんです。ヨウム、道案内してくれ!」
「オーケー!」
ヨウムが珍しく気のいい返事をしてくれたので、すこし緊張が緩む。
「俺が奴の目を引き付ける。2人で再封印に向かってください」
ハーディングは1人足を止め、手に眩い光を灯した。その光でタローンの気を引く気なのだろう。
「そんな! 貴方を置いて行けるわけないじゃない! いっしょに……、きゃぁ!」
――ゴゴォォォォ!!
すぐ後ろが激しく燃え上がった。
タローンがまたブレスを吐いたのだ。
燃えた木の枝がバラバラと落ちる。
ジャック達の後方が火の海になっていた。
(あのブレス……、距離が長すぎる!)
何発も吐かれたら、いずれあのブレスを食らうだろう。
「2人共、早く行ってください。俺が食い止めます」
ハーディングの殺気だった面構えを見て、ジャックも覚悟を決めた。
「コーネリア様、ヨウムと一緒に行ってもらえませんか? 俺もハーディングさんとここに残ります。再封印をお願いします!」
(俺もここまでの魔獣との戦いで、それなりの力がついたはずだ……。どれだけ出来るのか、試してみたい)
コーネリアの顔が引き締まった。
「分かったわ! もしお父様がいなくて、手が見つからなかったら、すぐに戻って加勢する……。だからそれまで生きてて……!」
「イクゾ!」
コーネリアは先導するヨウムを追い、走り出す。
ハーディングの命を心配し、共にありたいと思っていたのかもしれないが、ジャックに任せてみようと思ったのかもしれない。
――ゴゥン……ゴゥン……
足音と共に、機械じみた音が近づいてくる。
「気を抜くなよ、ジャック」
「分かってます……」




