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脳の中がかき回れるような強烈な不快を感じる。
(これはやばい……)
剣を剣を鞘の中に戻そうにも、ビクともしない。
「ジャックさん!」
シエルはジャックの腕の中で起き上がり、のぞき込んできた。
「シエル……離れた方がいい。頭がおかしくなったら、君に何をするか分からない」
ジャックは頭の気持ち悪さに耐えながら、シエルに伝える。
「でも……」
「早く……」
自分が豹変し、絶命するところをこの可愛らしい少女に見せたらダメだと思った。
だがジャックがシエルの瞳を覗きこむと、強い力が宿っているようだった。
「大剣を全部引き抜いてみてください!」
「え……?」
悪魔の様な事を言い出す少女が信じられない。ちょっと引き抜いただけでこれだけ苦しいのに、全部引き抜いたら計り知れない苦しみが待ち受けていそうだ。
ジャックは呆然とシエルを見つめた。
「私が魔術であなたの苦しみを和らげます!伝説によれば、大剣のマスターとなるには受け身ではいけない。自らの心の強さを積極的に示すんです!というか剣に認められず死ぬとしても、こんな中途半端な抜き方で死ぬんですか?悔しくないんですか!?」
いつのまにか古代王の笑い声は止んでいて、シエルの声だけが耳に入る。
中途半端……、確かに自分の人生は全体的にそうかもしれないとジャックは思った。
小さい時からジャックはそうだった。
兄がいたから、自分は特に何の期待もされていないと思っていた。
中途半端な勉強、習い事、周囲とのコミュニケーションもほどほど。
今でもジャックは家業と軍どちらかを選べずに、決断を先送りにしたいからどちらも程々にこなしているという状況かもしれない。
自分の死まで中途半端でもいいのだろうか?
ただ振り回されて無理やり剣を引き抜かされるとか、事故で引き抜いてしまったりとか、そんな死因より、自分の意志で引き抜いて死んだと思える方がまだ気分がいい気もする。
馬鹿丸出しな死はとても自分らしいかもしれないと、ジャックは内心苦笑する。
「シエル、力を貸してくれ。最後まで俺が耐えられるように……」
「勿論です!」
ジャックの腕から抜け出したシエルは、ジャックの正面に移動してしていた。
「魔術を使います」
ジャックはシエルに頷いてみせた。
シエルが目を瞑り、胸の前で手を組み合わせると、白い光が手の中に生まれた。
それを床に埋め込むようにすると、ジャックの周りに光の輪が生まれ、解読不能の文字の様なものが次々に現れる。
すると、頭の中がグチャグチャにされるような苦しみが少しずつ消えていくのだった。
「ジャックさん、大剣に挑んでください。あなたならもしかするとマスターになれるかもしれない」
祈りの様な姿勢で術を維持するシエルは、何か神聖なもののように見える。
ジャックは剣を半端に抜いた状態のまま立ち上がる。
自分がマスターになり、生き残れる可能性は低いだろう。でもせめて冥途の土産に伝説の剣の刀身を拝んでやろうじゃないか。
ジャックはもうこの剣の名が分かってしまっていた。
この西ヘルジア王国では大昔から語り継がれてきた伝説だ。
古代王が持つ槍の名がロンゴミニアドだと言うなら、大剣の名は一つだ。
ジャックは立ち上がり、鞘と柄を握り直した。
「エクスカリバー!」
ジャックは大剣の名を呼んだ。
両腕に力を込め、
刀身を徐々に露わにしていく。
刀身はシエルの魔方陣の光に照らされ、青白い美しい色合いだ。
「俺をここに呼んだ事を後悔しているだろう!俺は……、何の取柄もないただの子爵家の跡継ぎのスペアにすぎないからな!!他所の女にだってそう思われていたくらいだ!当然お前の所持者に相応しくないだろう。さあ呪えよ!命を奪えばいい!」
ジャックはエクスカリバーを睨みつつ、鞘を全て抜き切った。