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広い草原の向こうにポツポツと立ち並ぶ黒い遺跡群が見えてきた。この景色をジャックは元の時代でも見た事がある。
「見て! ローズウォールはもうすぐよ!」
コーネリアは嬉しそうに遺跡の方向を指さした。
「馬で移動すると、やっぱり随分時間がかかりますね」
「馬より速い移動手段なんてそれこそ魔術を使わないといけないのに、変な事言うのね」
「俺の時代では、魔術を使わなくても、馬より速い乗り物があったんです」
「今からじゃ想像も出来ないわ……」
ここまでの道中、ジャックは頻繁に襲い来る魔獣を討伐し、暇があればコーネリアからふっかけられる恋愛話に洗脳されかけ、ヨウムの我儘さに手を焼いたりもして、たった数日間ではあったが、人間として大きくなったような気がしていた。
再び恋愛絡みの話の流れにならない様に出来るだけ無難な話を選びながら、馬を走らせる事約一時間で、ローズウォールの街の周囲を囲む城壁が見えてきた。
「コーネリア様は街の中へ堂々と入らない方がいいですよね?」
コーネリアはこの国の元王族だ。ローズウォールの現状を把握していないが、素性を知られたら危険なのではないだろうか?
「私の顔はあまり知れ渡っていないはずだけど、表から堂々と入るのは危険かもしれない」
「俺一人で行って、待ち合わせしている方をここに連れて来ます。どこに居るか把握してますか?」
「4日前にハーディングに魔術でメッセージのやり取りをしていたんだけど、街の北西の礼拝堂で待つそうよ。でも思ったよりも時間がかかってしまったから、何か変わった事が無かったか確認してみるわ」
「エクスカリバーが魔獣を呼び寄せる性質があるみたいなので、連日魔獣が襲い掛かってきたんだと思います。俺といたからかえって危険だったのかなとも思ってしまいますね。何かすいません」
「いいのよ。貴方は強いし、とても助けになったわ」
コーネリアはニコリと笑った。
彼女の右の手の平には白い光の玉が浮かんでいる。
それに左の手の平をかざすと、手の平サイズの陣の中から光の鳥が形成され、飛び立った。
青空を高く飛んでいく半透明の鳥は、美しく、幻想的だ。
「コーネリア様のお父様のアーロンさんにもそうやってメッセージを送れないんですか?」
「何度も試しているんだけど、うまく送る事が出来ないの……。もうお父様は亡くなっているのかもしれないわ」
「行方不明なんですよね? 一体何があったんですか?」
「エクスカリバーの弱体化で、お父様はクーデターに負ける事を悟ったの。でも聖剣をアースラメント家に渡す事は出来ないと、1人森の中に入っていったそうよ」
聖剣はミッドランド伯爵家が管理する事になってしまっていた。
アルマが王族である事を思えば、アースラメントの手に渡ってしまったと言えるのではないだろうか?
だがジャックはコーネリアにこの事を話さない事にした。
コーネリアとこれまで話してきた内容を考えると、彼女にとってエクスカリバーは不服従の象徴と考えている節があるからだ。
「ジャックさん、あなたはお父様の居場所の見当がついているみたいね」
「ええ、一応ですけど……。ハーディングさんと合流したら3人で向かいましょう」
「それがいいわね」
「では、待ち合わせ場所に行って、連れて来ますね。ヨウム、行くぞ」
「ゲゲ……」
「気を付けてね」
ジャックはコーネリアに頷き、街の入り口を守る衛兵に近づく。
「何用だ?」
「アリシア・アースラメント様の使いで来た」
ジャックはアリシアから受け取った袋の中に入っていた紹介状を衛兵に渡す。
「この印は確かに……。街へ入る事を許可しよう」
(まぁ、嘘はついてないからな)
衛兵に目礼し、街の中に入る。
大通りを進むも、目に付くのは武装した兵士達の姿で、住民達の姿は一切なかった。
そこかしこに燃えた様な跡や、黒い血の様な跡が残り、非常に生々しい。
(クーデターで住民が犠牲になったんだろうか? 皆殺しじゃないといいけど……)
群れた人間達の残酷さを、ジャックは元の時代でしばしば目にした。
道に死体が転がっていない事に内心ホッとしながら、北西方向に進んで行く。
小路の左手側の建物の一つに木を二枚組み合わせた十字架が見えた。
(あれか……)
かなり目立たないが、他にそれらしき建物も見当たらない。
一応ジャックはこの街に入る許可を貰ってはいるが、ハーディングの立場を考え、充分周囲を確認してから、礼拝堂の扉を開いた。




