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(……ブライアン氏の事か)
バーデッド子爵家の長子ブライアン・フォーサイズは現在失踪中である。
失踪当時は新聞の紙面上でかなり取り上げられ、一躍時の人となったが、2年以上たっても行方不明であり、徐々に人々の記憶から消えてきている様だ。
東ヘルジアからの拉致という噂もあったはずだが、外交問題としてはそれ程大きくならず、話は立ち消えになっていっている。これがどこかの村の農家の若者であるなら、そんなもんだろうと思うが、ブライアンは貴族の子息だ。この扱いは少し疑問を感じなくもない。
「あの人は今失踪中だな……」
「……」
「何で黙るんだよ」
タバコを指で挟み、たそがれた表情を見せるオッサンの姿にイラッとし、テーブルの脚を一度蹴った。
(このオッサンと話してるとほんと腹立ってくるわ!)
この状態になったヒューゴは襟首を掴んで揺さぶろうと顔面を殴ろうと何も吐かなくなるので、取り合うだけ無駄なのだ。オッサンにとってのOKラインの話を出来るだけ引き出すしかない。
「まぁ……ブライアン氏の現在の事は置いておく。話の続きは?」
「……私とブライアンは領地東に位置するボードンの地に赴いた。お前も知っての通り、古代からの結界が張られている地だからな。そこでウチの秘宝の杭を捧げフェンリルを呼び覚ましたのだ」
「フェンリル……本当に封印されているんだな」
ブレアは公爵領に眠るフェンリルという獣を見た事はない。
元はヘルジアよりも北の地の伝説上の生き物だったらしいが、何の因果か分からないが、この地に連れて来られたらしい。ブレアの先祖は右手を犠牲にしてこの生き物の封印に成功したとされている。
「ブライアンはフェンリルと長時間に渡る戦闘の末勝利した。あれ程の力を持つ男がバーデット子爵家の嫡男とは……。優男の様に見えて頭はキレるし、強い――だからこそアルバート様は手駒にするか、そうできないなら葬るか、この2択を考えておられるのだろう」
(このオッサンさっきからブライアンが無事にその辺で生活しているような言い方してないか? 胡散臭せーな……)
ブレアは一つため息をついた。この件はたぶん深く聞いても答えないだろう。
「アンタは、その戦闘の影響でウチの領地の空間に異常が起こっているって言いたいわけか?」
「私の知りうる範囲ではそれくらいしか思いつかないな」
「なるほどな……。それでそのフェンリルは今どこに居るんだ? 献上されたという事はアルバートの管理下なんだろうけど、宮殿のどっかに繋いでおくのは現実的じゃないと思うけど」
フェンリルは巨大な狼の姿をしている。犬コロの様にその辺で飼えるわけではないはずだ。
「私が王子に聞いた話によれば、獣の姿では管理されていないようだな」
「じゃあどうやって?」
「私はお前の様に科学的な事に詳しくないんだが、目に見えない程細かい状態にして科学省のどこかの局に管理を任せているようだ」
(嫌な予感がする……)
ブレアは2年程前に王子の預かり物として受け取った物があった。
それはブレアが局長を務める宇宙局の余剰スペースや電力等を利用したいという事だった。巨大な透明のケースに入った預かり物の用途等はどれだけ上に尋ねてみても完全に秘密だと言われていた。
だがヒューゴとの話の中で、このケースの中身が何なのか勘づいてしまったかもしれない。
(アルバート……、よりによって俺の局を選んで預けてきたな。知らないうちに俺は奴に挑発を受け続けてたってわけか。性格カスすぎるだろ)
◇◇◇
「つっかれたー!」
シエルはアストロブレーム市内の公会堂からミッドランド伯爵邸に帰り着き、エントランスに置かれているソファにドサリと身を預けた。
「シエル、お行儀が悪いわよ」
アルマに窘められてしまうが、もう立ち上がる気力が皆無だ。
政治未経験者があんなに年上の貴族がウジャウジャいる中で議論の中心になる気苦労を考えてみてほしい。
「私、どうだった? ちゃんとした主張出来てたかな?」
「初めてとしては充分すぎるくらいだったわ。流石わたくしの孫ね」
褒められると自然顔がニヤケてしまう。
「チョロいチョロい!」
「ふふ……。お客様がいらっしゃる前に自室に上がって休むのよ」
アルマはシエルの捲れ上がったスカートの裾を直し、2階へ上がって行った。
「シエル様」
「む……」
自動車を納車し、エントランスに入って来たルパートがシエルを呆れた眼差しで見つめていた。
「ホープレスプラトゥの件なのですが」
「!」
シエルは慌ててソファから身を起こし、ルパートと向かい合う。
「アルバート王子から伝言を頼まれたの?」
「ええ。ホープレスプラトゥでは主ではなく、その辺の強そうな魔獣をターゲットにしてくれるだけでいいとおっしゃっていました」
「え……? そうなの?」
ホープレスプラトゥの『主』を求められるとばかり思っていたから正直意外だ。




