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「まだお若いからそんな夢みたいな事を語れるんです……、現実を見てください」
年老いた貴族議員が冷めたような口調でシエルの主張を跳ねのけた。
元老院の中には魔術を使える者と使えない者がおり、現状真っ二つに割れている状態だ。
この年寄りの様に、魔術を使えない者はアルバートに即位してほしいのだ。
「国民の中には魔術師に対して根強い抵抗感を感じる者が多いのです。そこはどうなさるおつもりですか?」
「魔術師達の魔獣駆除の歴史は数世紀にも渡ります。今現在でも続いているんです。国民は自分達が安全に暮らせる事が、魔術師の存在あっての事と認識すべきかと……。――まず理解を促す、これが第一歩だと思っています」
議長の問いかけにシエルは堂々と返事を返す。
恐らくこれは、魔術師全体の悲願なのだ。
「現在は国民の大部分が未だに書物や新聞を読む事が出来ず、ただ噂話程度の情報が全てという状況だと思うわ。だから悪意のある者が、魔術師を邪悪な者として認識させたいという意図で歪曲化させた話が広がっていっているのよ。国民の識字率は未だ30%以下という調査もあるようだし、いい機会だから教育の部分から変えていくべきでしょうね」
アルマの言葉添えで、議場は魔術や教育やら、議員達それぞれの主張が繰り広げられた。その間中シエルは自分の言葉で意見を言うし、人の言葉にも耳を貸す姿勢も示す。
(昨日会った時は頼りなさそうだったけど、あの子は割と国王に向いてるのかな?)
ブレアは時々助けになるような事を発言しながら、ボンヤリとシエルを観察していた。
◇
「本日はこれで閉会といたします。今後の日程は秘書を通してお伝えします」
ダグラス議長の閉会の挨拶で会合は終了し、シエル達は複数の議員達に囲まれながら会議室から出て行った。ブレアは追いかけようと、逆側の出口を目指すが、後ろから呼び止められてしまった。
「ブレア、ちょっと話がある。時間をくれ」
呼び止めたのは、父であるヒューゴ・ダグラスだった。
ブレアと同じようなプラチナブロンドの長身の男の容姿は、ご婦人方に大層人気があるようなのだが、ブレアから見るとその辺にいそうなただのオッサンにしか見えない。
「俺もアンタに聞きたい事があるかもなぁ」
「下に談話室があるから、そこで話そう」
2人連れ立って階段を降りて行くと、シエルとアルマが公会堂の出口から外に出て行くところだった。
(シエルさんともう少し具体的な話をしてみたかったかな。でもしょうがない。疲れた顔してたし、後日伯爵邸を訪問するか)
談話室に入ると、そこには既に3人の紳士達が会話に花を咲かせているようだったが、入室してきたのがダグラス親子だと気づくと、軽い会釈をして立ち去っていった。
「ブレア、少しは公爵家に配慮した言動をしてくれないか?」
無駄なほど装飾が施されたソファに腰かけ、ヒューゴはウンザリとした口調で話し始めた。
「は? オッサンは玉子サマを支持すると?」
「そうではない。どちらが優勢か見極め、確実な方を支持する必要がある」
「アンタにプライドとかないのか? どちらが国王に相応しいかまず考えるべきだろ」
「考えが若すぎる。今のお前のままだととてもノースフォールの家督を継がせられないぞ」
「あっそ。じゃあアンタが愛人共に産ませた子供らの中から後継者を選べばいいだろ」
「馬鹿げた事を……」
ブレアは物心ついた頃からこの調子で父を煽り続けているのだが、この男は何を言われようとブレア以外を後継者にしようとは言わないのだ。その辺りが実に貴族らしくて、よりブレアを苛つかせている。
ヒューゴがタバコに火を付けるのを冷めた眼差しで見つめる。
「――なぁ、あんたさ、ここ数年の間に領地でやばい事しただろ?」
「やばい事なら星の数ほどやっているが」
「だろうなぁ!!」
ヒューゴのジョークのような言葉は、真実に他ならない。
ブレアは白目を剥きそうになるが、今はそんな答えが欲しいわけではないのだ。
「そうじゃなくて……、大規模な魔術か何かを使ったんじゃないのか? 空間に異常を与えるような」
ヒューゴは1分程の間何も話さず、タバコの煙を見つめていた。
恐らく話そうか話さないか悩んでいる。
ブレアはそれを辛抱強く待った。
「2年程前、領地に封印されている主を献上する様求められた」
ようやく話始めた内容はブレアが求める事をストレートに回答するものではなかったが、取りあえず聞いてみる事にした。
「誰に?」
「アルバート様だ」
この国は特殊な磁場を示す場所が点在しており、その場所では地の利を活かし、強力な『何か』が封印されている。ノースフォール公爵領も例外ではない。
領地の『主』は住人達にとっては神の存在に近く、信仰の対象になっていたはずだ。
「一体どうやって……、魔術師協会に頼んだって事か?」
「いや、違う。アルバート様からの紹介でバーデッド子爵家の者に依頼する事にしたんだ」
ブレアは意外な家の名前が出て来た事に驚き、目を見開いた。
「え……? それは次男のジャック氏に?」
「嫡男の方だ」




