よいこはかけごとをしちゃだめだよ!
勢いで書いたので、設定がふわっとしてるところがあるかもしれません……。
「ルールは簡単。私は―――を、君は―――を先に手に入れた方が勝ち。舞台から降りるまではどんな手段を使ってもいい。期限は大人になるまでだ。」
王家主催のダンスパーティーでのこと。音楽が流れ、人々が笑いさざめいていたはずの会場が今は、しんと静まり返っていた。彼ら彼女らの視線は、静かな会場の一画へと向けられている。どの目にもパーティーを邪魔した礼儀をわきまえない者たちへの非難が込められているのだが、そんな視線を気にもとめず、無礼な邪魔者は喚き続けていた。
「ついに追い詰めたぞ! お前がいじめの主犯だということは、もうわかっているのだ!!」
王子が叫ぶ。
「いじめすって!? そんなの知りませんわ! 全部、そこの下等な平民の謀ですわ! わたくしは陥れられたのです!」
その婚約者の、公爵令嬢が喚く。
「彼女が下等だと!? 何を言う! 彼女は自分をいじめたお前を許そうとするほど心優しい娘だ! お前の方が、何倍も下等だ!!」
この茶番は何だろう、と彼女は思っていた。明らかに地位と外観だけに惹かれている小娘に踊らされている王子も、たかだか子供の火遊び程度で取り乱すその婚約者も、酷く愚かで、馬鹿馬鹿しい。憤怒に染まった王子と令嬢の顔を思って、この形相じゃあ、せっかくの美人も台無しね、と彼女は考えた。
茶番だと思っていたのは、彼も同じだった。顔を覆った手の下で笑う平民の娘に気づかない王子の取り巻きには呆れ果てていたし、王子の方は言うまでもない。目を見つめると、彼女もそう思っていることがはっきりとわかった。彼以外に気づく者はいないだろうが、彼女をよく知る彼にはすぐにわかる。
彼と彼女は、苦笑をかみ殺した。
「お前との婚約は破棄する!」
滑稽だ。とても滑稽だ。お互いに唾を撒き散らし、顔を歪め、罵りあう。酷く愚かで、醜悪で、滑稽。
令嬢がどっと泣き崩れた。王子は勝ち誇った顔で令嬢を見下ろし、平民の少女を抱き寄せる。それを見て王子の取り巻きたちは、口々に王子と少女を褒め称えた。なんという喜劇だろう。とても感動的な光景だ。
あまりの醜態に、重鎮たちが頭を抱えているのが見える。
彼らの寸劇のくだらなさに、観客も散り散りに消えていく。
彼女は考えた。王子と令嬢はもう終わりね。
王と王妃、令嬢の両親がが呆れかえった目でこちらを見ている。もうすぐ事態を収束するためにこちらへくるだろう。
彼はひっそりと微笑んだ。ほら、やっぱりこうなった。
彼と彼女は幼いころから早熟だった。もともとそういうたちだったし、早く大人にならなければいけない立場にあったからでもある。故に物心つくころには既に自分の好き嫌いをはっきりと自覚できるほど大人びていて、しかしその思いを隠すほど大人ではなかった。つまり、二人は非常に可愛くない子供だった。
それは別にいい。大人ぶりたい生意気な子供などざらにいるだろうし、大の大人が幼い子供相手に本気で怒ることもない。ただ、その生意気な子供どうしが出会うとどうなるのか、という話だ。
有り体にいうと、二人の出会いは最悪だった。
初対面は、二人が五歳のころのこと。それぞれの両親に連れられて出会った。
…………気にいらない。
それが彼と彼女の、相手に持った感想だった。互いが互いに、相手が、自分を見下して馬鹿にしている生意気な子供に見えた。端から見ればどっちもどっちなのだが、つまりは同族嫌悪というやつだ。
毛を逆立てた子猫のような彼と彼女に大人たちは呆れ、仲良くしなさい、と言った。そりが合わない二人のようすは、喧嘩するほど仲がいい、とまわりには見えたようで、呆れつつも微笑ましく見守っていた。
誤算は二人が周囲が考えるよりもほんの少しだけ大人だったこと、そして、周囲が考えるより遥かにひねくれ者だったことだろう。
彼と彼女は確かに互いのことが嫌いだったが、それは同族嫌悪だけではない。二人は自分たちの交友が必要なものであることをよくわかっていたし、そのためには自分たちのごく僅かな嫌悪感など些細なことだと思っていたので、愛想のいい仮面を被るのもやぶさかではなかった。
ではなぜそうまで互いを嫌悪したのか。それは、彼が彼女の持っていないものを持っていたからで、彼女が彼の持っていないものを持っていたからだ。彼女が彼の持っているものを持っていなくて、彼が彼女の持っているものを持っていたともいえる。どちらもたいした違いはないように思えるが、当時の彼と彼女にとってはとても重大な違いだった。
自分が恵まれている、と自負していた二人にとって、自分に足りないものがある、という考えはおおよそ納得できないものだった。なにせ、自分が持ち得ないものを持つ互いと対面して初めて、それを知ったのだから。
彼と彼女は、互いを嫌いになることはできたが、憎むことはできなかった。自分と同じように相手も欠けていると知っていたから。
自分にないものを相手が持っていることを妬み、持っていない自分を哀れみ、相手が持ち得ないものを持っていることで優越感に浸り、持っていない相手を賤しめる。そんな相手を蔑んで、そんな自分を蔑んで。結局はどちらも同じだと嘲笑う。自傷行為にも、自慰行為にも思えるそれはどこまでいっても一人芝居で、そんな自分を、相手を、愚かだと呆れられたらどんなによかっただろう。
言い出したのは彼だった。同意したのは彼女だった。
彼も彼女も、賭け事のように確証のないものを頼りはしない人間だ。どうして当時の自分が賭けをしようと考えたのか思い出せない。惰性で続いていた共依存のような敵対関係に終止符を打ちたかったのかもしれないし、“賭け事” というはっきりと自分が軽蔑するものに自分たちの行為を落とし込むことによって、気持ちに折り合いを付けたかったのかもしれない。今となってはわからないが、それはもはやどうでもいい。彼が賭けを提案し、彼女が乗ったのは歴とした事実なのだから。
結末など、わかりきっていたのに。
どうやっても手に入らないことなど、明らかだったのに。
これは、賭けだった。彼と彼女の…………王子と令嬢の。
「どうしてこのようなことをしたのだ。婚約者がありながら、別の女性にうつつを抜かすなど。とても残念だ。」
「あなたが不義理をするはずがないと信じていたから、母はあなたのを見逃していたのですよ。そのせいでこうなると知っていたならば、もっとはやくに止めておけばよかった。」
王と王妃の言葉に、王子は肩を震わせた。
「婚約者という立場にあるのに、どうして王子の心を留めておけなかったのだ。せっかくの王族との婚約をふいにしてしまった。」
「婚約者を奪われるにあきたらず、パーティーで声を荒げるなどみっともない。そのように育てた覚えはありませんでしたのに。」
公爵と公爵夫人の言葉に、令嬢は俯いた。
「ふふふっあははははっ! もうだめだ! 堪えられない! あはは。やっぱりこうなった。ほらな? 予想通りだっただろう? 私も君も、一番欲しいものは手に入れられなかった。」
「もう。殿下ったら意地が悪いですわ。確かに予想通りの結末ではありましたが、わざわざ言うことではないではありませんか。」
「あはは、それは悪かった。だが、さすがに 子供のときの想定通りになるとは思わなくて、笑えてくるのだ……っふふ。もしかして、私と君は天才だったのではないか……っははは! あはははははは!!」
「あらあら。殿下の笑い上戸はまだ治っておりませんでしたの? まったく。」
「そ、そう簡単に直せるなら……っ苦労はしない……ごほっげほっ!」
「ああもう! 無理に笑いを堪えなくていいですわ。ほら、背中をさすりますから深呼吸してくださいまし。」
いきなり笑いだした王子と令嬢を、周囲は呆然として見つめた。なにせ王子がこんなに激しく笑っているところを、令嬢が相手を労る様子を見せたところを、誰も目にしたことはなかったから。
そして、これが最初で最後になるだろう。
なぜなら、王子と令嬢はここで死ぬのだから。
「……さて。笑いも収まったことだし。」
静まり返った広間で、王子と令嬢は前へ踏み出した。コツリと音を鳴らす靴音は、随分と大きく響いた。一歩、二歩と、二人が近づいたのは、広間の中央にある台座だ。
王子と令嬢が台座から毒杯を手に取ったのは、ほぼ同時だった。
「やあやあみなさん。本日はお集まりありがとう。そしてさようなら。私の死に様が面白いものになるかどうかはわからないが、楽しんでくれ。」
「そのようなことをおっしゃるなんて趣味が悪いですわよ、殿下。まあ、どうせ死ぬのなら楽しんでいただいた方がよいのでしょうけれど。」
「そのとおり。では――――
「「乾杯」」
力の抜けた手から二つの杯が滑り落ちた。
「ルールは簡単。わたくしは“愛されること”を、あなたは“愛すること”を先に手に入れた方が勝ち。人生から降りるまではどんな手段を使ってもいい。期限は大人になるまでですわね。」
◇◆◇◆
王子と令嬢が処刑された数日後、それぞれの部屋から手記が見つかった。どちらも二人が婚約したばかりのときから記されており、書き始めたきっかけは二人による賭けのようだった。
賭けの内容は“何か”をどちらが先は手に入れるかで、手記にその“何か”は一切記されてはいなかったが、賭けは二人が死ぬ直前まで続いていたようで、今回の処刑の原因となった婚約破棄騒動も賭けの一環だったようだ。
また、二人の手記は書き方から記す事柄までばらばらだったが、処刑間際に記された最後の一文だけは一言一句同じだった。それがただの偶然か、それとも故意だったのかはわからない。
最後の一文の言葉は、どちらも少々荒っぽい走り書きで一言だけ書いてあった。
手に入れた。
誰の、あるいは誰からの愛(笑)を手に入れたのかは、ご想像におまかせします。