お姉さん、たくらむ。
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『お姉さんへ』
『今月の「お姉さんへの質問50」への投書ですが、やはり芳しくありません。達成ノルマまで、あと21件です。前月、前々月に続き未達成の場合、本コーナーを打ち切ることが、本日の会議で決定したしましたので、その旨ご了承ください』
『児童文芸信社 こどもたちへ編集部』
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「あああああああああああああ……」
私は盛大にため息をついた。あと21件……いや、いま届いた2件を引いて、19件か。
ちょっと待て。
今月って、残り3日じゃないか。絶望だ。
児童学習誌「こどもたちへ」。
通販型の教材誌である。そのうちの1コーナー……「お姉さんへの質問50」への投書は、数年前までは名物企画だった。数ページにわたって特集が組まれるほどの。
しかしこのネット時代、ちょっとした疑問は検索すれば、たいてい答えがすぐわかる。それでもスマートホンを持っていないであろう子供たちに向けて、コーナー自体は継続している。だが、寄せられる質問は大きく変化した。
ひとつに数が激減した。
これまでは、50個に絞らねばならなかったお便りの山。だが、とうとう先月、先々月と質問は50件に満たず、コーナーは休載した。
その時の名目たるや凄まじいもので「お姉さんは熊を捕まえに、熊本県に行きました」だ。
熊本県にクマがいてたまるか!
もしいたら、お姉さんは死んでいる。
2つ目の変化だが……こっちのほうも厄介だ。
マニアックなのだ。
かつては「なぜ四季があるの?」「どうして海の水はしょっぱいの?」など、基礎的な科学知識で対応できた質問ばかりだった。
だが情報化にともない、子供たちの疑問のレベルは特殊化したと言わざるを得ない。当たり前の話だが、ネットで調べても出てこなかった疑問ばかりが寄せられるわけで、ああ、なんと難易度の高いコーナーになってしまったのか。
いや、そんなこと愚痴ってる場合じゃない。なんとかしなければ……って私にできることは、質問が来るのを待つばかりだ。出来るとすれば……
不正。
質問を、私自身が送る。水増し―――できないのだ。そもそもこの質問メールは、子どもたちから直接送られてくるわけではない。
「こどもたちへ」誌に、アンケートはがきが1冊につき1枚、添付されている。それに質問を書いて児童文芸信社に送るのだ。
すなわち出版社がハガキを受け取り、その内容を、編集部の人間が私のパソコンにメールしているのだ。質問者と私のあいだを、編集者が仲介している。
なぜ、ウェブ上でも質問を受け付けないのかと思われるだろう。まったく同感だ。だが、しない。
「小学生にパソコン、スマートホンを使わせることに反対」
これが雑誌のカラーだからだ。
時代錯誤と思われるかもしれないが、この精神に共感してくれる保護者がいるからこそ、「こどもたちへ」誌の販売実績は安定していると言える。なのにお姉さんへの質問だけが減少しているのだ。
失職―――冗談じゃない! このまま指をくわえて黙っていられるか!
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『お姉さんの回答ッ!』
『お豆腐は昔の中国でつくられたんだッ。中国語の「腐る」っていう漢字には、柔らかいものを固めるって意味があるんだよッ。煮たてたやわらかい豆を、冷まして固めるから「豆腐」だねッ』
『納豆は、平安時代に日本のお寺で発明されたんだッ。それで、お寺の台所のことは、「納所」って呼ばれてたんだよッ。納所でつくられたから、納豆って言うんだッ』
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『お姉さんの回答ッ!』
『平安時代の書物に、はじめてコンニャクのことが紹介されてるんだよッ』
『「蒟蒻、その根は白く、灰汁をもって煮れば、すなわち凝成す」だってッ』
『コンニャクの根っこは白いよって書いてあるね。つまり、コンニャク芋のことを、コンニャクって呼んでいたんだッ。それがいつの間にか、根っこを煮たものをコンニャク、芋のことをコンニャク芋って呼ぶようになったんだねッ』
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ふう……
私は商店街に行き、豆腐屋で仕入れた知識をそのまま送信した。おかげで木綿豆腐と糸こんにゃくを買うハメになった。晩御飯は鍋に決まった。
ぐつぐつ。
ハフハフ。
季節外れの寄せ鍋に、私は舌鼓を打つ。熱い。
鍋をつつきながらも、私は5分おきにメールボックスをチェックする。質問が来ていないかを確かめずにはいられない……来た!
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『お姉さんへ』
『僕のお父さんは、しょっちゅう頭が痛いと言って、頭痛薬を飲んでいるッテンテン。どうして頭が痛いのに、飲み薬が効くんですかッテンテン? 頭に塗るほうがいいと思うッテンテン』
『静岡県 スッテンテンプリンセスくん (8歳)』
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育毛剤じゃないぞ。ていうか、こいつの父親が頭痛薬を飲んでる理由がよくわかる。気の毒に。
だがスッテンテンプリンセスのおかげで、残りのノルマは18件……さっそく返信する。
質問そのものは比較的まともだ。
だが薬学は、私の専門中の専門。大学も薬学部だった。そもそも在学中にクイズ研究会に所属して、テレビ番組で優勝したことがこの仕事をするに至った経緯だ。
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『お姉さんの回答ッ!』
『頭痛薬はねッ、おなかで溶けたあと血液にのって、全身に運ばれるんだ。つまり、体中に頭痛薬が届くんだよッ。頭だけに、お薬のちからを効かせることは出来ないんだねッ』
『それが原因で頭以外の、手、足、内臓なんかに届いた成分が、副作用っていう体によくない症状も引き出してしまうんだねッ。みんなはお医者さまの言いつけを守って、お薬を飲んでねッ』
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送信…………待てよ。
待て、待て待て待て。
頭痛薬?
副作用?
引き出す?
―――原因?
「あ、あははははは、あはははははは!」
出来る。
出来るぞ、不正が!
質問を自作できる!
水増しできる!
いや、いやいやいや!
これは不正ではない。
そうだ、不正じゃないぞ。
私のほうから子どもたちに、疑問を投げかければいいんだ!
子どもたちに、質問するように呼びかければいいんだ!
「あははははは、あはあははははは……」
私の高笑いは、深夜まで続いた。