お姉さん、調べる。
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『お姉さんへ』
『どうしてセミの幼虫は、土の中にいるんですか? お母さん蝉が、土を掘って卵を産むんですか? そんな体力があるんなら、5年くらい生きれそうな気がします。長生きしてください』
『栃木県 和歌山梨 群馬くん(9歳)』
☆ ☆ ☆
知るか、そんなこと!
お前はいったい、なに県出身なんだ?
私はメールの画面を睨みつける。長生きしてくださいって「お姉さん」に言うな。セミに言え。
おっと、いかんいかん。
せっかく送ってくれたメールだ。しかしセミって……
小学生の素朴な疑問。
彼らの純真な発見、視点は大人の想像力のはるか上を行く。行きすぎる。
ディスプレイの「お姉さん」はニッコリと、子供たちに愛される笑顔を絶やさない。いや、マンガのイラストだから変わるわけないんだが。
この仕事をはじめて10年になる。
全国から寄せられる子どもたちの質問に向き合い、答えることは私にとっても誇らしい気持ちだった。だが最近はすこし事情が変わってきた。
とにかく今はセミだ。
さっそく私は図書館に行って、かたっぱしから昆虫図鑑をめくる。1冊目……適当にずしぃとページを開く。
「ウッ……!」
変な声が出た。
いきなり、気色悪いデカい虫の交尾の写真。吐きそうになる。
幸い、他に誰もいなかったので悲鳴を聞かれることはなかった。呼吸を整え、目次から「セミ」の項を調べる。
255ページ……255ページ……あった。
ふむ、なるほど。
スマートホンを取り出し、さっそく返信をしようと……して、契約事項を思い出した。それは禁止されているのだ。会社から支給された、専用のパソコンを使ってしか返信をしてはならないのだ。
私はセミの幼虫記をメモし、アパートに戻って電源を切らずにおいたパソコンに向かう。
返信―――
★ ★ ★
『お姉さんの回答ッ!』
『セミのお母さんはねッ。夏のあいだに、木の皮の下にタマゴを産むんだよッ。次の年に、卵からかえった赤ちゃんは、せっせと木から地面におりて、土の下にもぐるんだよッ』
★ ★ ★
自分で入力していて、頭が痛くなるアホな文面だ。なにがお姉さんだよ。私は34歳のおっさんだ! 子どもには想像もつかないだろうな……
さて、ここからが問題だ。どうするか……よし。
★ ★ ★
『セミの赤ちゃんは、1歳でそんな大冒険をするんだよッ。成虫になるまで土の中で7年も過ごすっていうと、のんきだなって思うかもしれないけど、波乱万丈の人生だよねッ』
★ ★ ★
いかんな。小学生へのメールに、「波乱万丈」なんて言葉を使っちゃ。別の言葉に直そう。それより、虫の一生に「人生」という単語を使うべきだろうか。
しょうもないことに考えをめぐらせる自分が情けなくなる。
質問には、単に答えればいいというわけではない。教訓というか、お説教というか……とにかく気の利いた一言をつけ足さなくてはならない。これが面倒で仕方がない。それも小学生に理解できる単語を使って。
「波乱万丈」という言葉をもっとわかりやすいものに置きかえねば…………思いつかない。「勇気ある人生」とかでいいか。
文面を修正し、メールの返信ボタンを押す。
と、次のメールの着信に気づいた。
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『お姉さんへ』
『どうして食パンには「食」って漢字が入っているんですか? 変だと思います。パンは食べるものと決まっているのに』
『三重県 オーバー・ザ・ヘブンくん(11歳)』
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お前が決めるな! ヘブンに行け! オーバー!
やれやれ、タイミングが最悪だ。質問を送ってくれるのは、もちろんありがたい。しかし図書館から帰ってきたばっかりなのに……と、いつもの私ならうんざりしていただろうが、この質問はなんてことない。答えを知っている。
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『お姉さんの回答ッ!』
『むかしはね、絵を描くのに木の炭を使っていたんだよッ。木炭っていうんだッ。そのとき消しゴムの代わりに、パンを使っていたんだッ。ゴシゴシってねッ。絵を消す用のパンと区別するために、食べる用のパンということで、食パンと呼ぶようになったんだッ』
『でも間違った字を消すときは、消しゴムを使おうねッ。食べ物を粗末にしちゃダメだぞッ』
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ま、こんなもんだろ。送信―――と、ふたたびメールの受信に気がついた。
「ああああああああああああ! なんなんだよ!」
同時に3件のメールが来やがった。
今日は大量だ。
いや大量とはいいがたい。やっと3件来てくれたと言うべきだろう。だがメールボックスを確認して、質問は3件ではなく、2件だったことに気づく。
私はまたため息をついた。
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『お姉さんへ』
『豆腐と納豆のネーミングが逆だと思います。豆が腐ったのが納豆で、箱に豆が納まっているのが豆腐じゃありませんか?』
『京都府 ブルーメタルおそうめんさん(9歳)』
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『お姉さんへ』
『コンニャクが、コンニャク芋から作ってるって本当ですか? 順番がおかしいと思います。じゃあ、コンニャクが発明されるまで、コンニャク芋はなんて呼ばれてたんですか? イモですか?』
『大分県 キッコーマン・マリポーサくん(10歳)』
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『お姉さんへ』
『今月の「お姉さんへの質問50」への投書ですが、やはり芳しくありません。達成ノルマまで、あと21件です。前月、前々月に続き未達成の場合、本コーナーを打ち切ることが本日の会議で決定したしましたので、その旨ご了承ください』
『児童文芸信社 こどもたちへ編集部』
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イラスト提供 : ウナムムル様