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第十六話 見守る母と、見守るメイド姉。

 リーダの背中に乗り、キャメリアと共に街道をひた走る。

 リーダの足は、雪でぬかるんでいる道を物ともしないで進んでいける。

 今ルードがいる大陸には国境という概念がない。

 ルードが知りえる国同士での紛争状態がないこともあるのか、街道が繋がっているだけで、関があるのは国の入り口であることが多い。

 魔獣のいる森が遮るウォルガード王国を除けば、フォルクスもシーウェールズ、エランズリルドもそうだった。

 もちろん今向かっているレーズシモンも例外ではないだろう。

 そう思っていたルードだったが、それは違っていたようだった。

 レーズシモンらしき町が見えてくる前に、街道の両側に畑が見えてくる。

 砂糖の国だけはあるのだろう。

 その植えられている根菜は糖質が高く、獣の被害も多いのかもしれない。

 珍しい光景だった。

 畑のあちこちに農業を営む人々の家だろうか。

 そういったものが点在しているのだ。

 ある一定の区画に対して家のような建物が決まって存在している。

 管理しやすいようになっているのか、それともそれだけ被害の大きな根菜なのだろうか。

 綺麗に等間隔に植えられた白い頭を出す根菜。

 多分これが砂糖の元になるものなのだろう。

 見渡す限り無数に植えられているのだ。

 そしてそれはあり得ない光景でもあった。

 根菜の育つ場所。

 その畑だけ雪が積もっていない。

 どのような仕掛けになっているのかわからないが、雪の積もる外側の区画と根菜の植えられている畑の区画。

 白と土色のコントラストがはっきりしていて、それもまた初めて見る珍しい光景だったのだ。


「ふぁー。凄いね、母さん」


 ルードの声にリーダはゆっくりと足を止める。


「そうね。わたしも初めて見るけど、これはきっと魔法が関係しているかもしれないわね」

「そう思う?」

「それはそうよ。『不自然』だもの」


 不自然。

 確かにそうだった。

 自然ではありえないコントラストを描く畑と雪。

 まるでここからがレーズシモンだと言わんばかりの場所だから。


「これ。空からでもきっとわかりますね」

「キャメリアもそう思う?」

「はい。私もここまで綺麗なものは見たことがありませんから」


 大空を幾度となく飛んだキャメリアが言うくらいだ。

 違和感と言ってもおかしくないほどの管理された農園。

 これが砂糖の国、レーズシモンなのだろう。


 暫く畑に囲まれた街道を進むと農園とは違った町が見えてくる。

 そこに門番も衛兵もいなく、町は解放されているようだ。

 まばらだが交易を行う商人の馬車も見えてきた。

 遠目でその馬車の姿を確認すると、リーダはちょっとした林の中に入っていく。

 そこでルードとキャメリアはリーダの背中から降りる。


 リーダは人の姿に戻るとキャメリアから取り出してもらった服に着替えた。

 ルードとお揃いの、クレアーナに作ってもらった商人のような服装。

 それでもリーダが商人に見えるかといえば、それは違うだろう。

 そこでリーダは帽子を深く被る。

 緑色の綺麗な髪がなんとなく収まると、それっぽく見えるからだ。

 キャメリアもルードたちの服装に合わせた侍女服を着ている。

 ルードたちは街道に戻り、レーズシモンの町へ歩いて向かうことにした。


 町の大きさはシーウェールズの半分ほどだろうか。


「ルード様。ここは多いですね」

「うん」


 ただここはエランズリルドやシーウェールズのように大気中の魔力が薄くはない。

 ウォルガードやメルドラード程ではないが、魔力の含有量は多い方だろう。


「そうね。キャメリアさんもわかるのね?」

「はい。疲れが取れやすいというか。その程度ではないかと。魔力酔いが起きるほどではないと思います」


 街道沿いの農園も、この魔力の多さを利用しているのだろう。


 リーダと一緒に歩き、後ろからキャメリアがついてくる。

 久しぶりのリーダとの旅なのだが、ルードの心中は少し複雑だ。

 それはそうだろう。

 ある意味、職員室に怒られに行く生徒の気分なのだ。

 これから待っているのは説明と謝罪。

 それでも決めたことだから完遂する必要がある。

 不安そうにしているルードの手をリーダがきゅっと握る。

 振り向いてリーダの笑顔を見ると、頷いてルードも笑顔になる。

 リーダが一緒。

 キャメリアもいる。

 何も怖いことなんてないのだから。


 町へ入ると思ったよりも狭い道が続いている。

 辛うじて馬車がすれ違える程度の広さ。

 それでも商業の盛んな感じのする町並み。

 沢山の軒を連ねる店先には、シーウェールズのように人間だけでなく他の種族の人たちの姿も見える。

 こうしてキャメリアと一緒に歩いていても何の不自然さを感じない。

 レーズシモンが昔のエランズリルドのような排他的な国でなかったことに、ルードは一安心した。

 青果を扱っている商会だろうか。

 ルードはその店先にいる優しそうな年配の女性に聞いてみることにした。


「あの、すみません」

「何だい? 若い商人みたいだけど、何か仕入れにきたのかな?」

「はい。実は、レナード商会を探しているんです」

「あぁ、レナードさんのところかい。それならね──」


 初見のルードのような者にも、丁寧な対応で教えてくれる。

 これはとても助かった。


「ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ。帰りにはまた寄っておくれよ。いいモノを沢山揃えているからね」

「はいっ。寄らせていただきます」


 ルードの姿は大きな商家の跡取りにでも見えたのだろう。

 なるべく犬人に近寄らないように先へと進んでいくことにする。

 なにせ、犬人の嗅覚は困ったことにルードたちの匂いを感知してしまうと、本能的に『服従のポーズ』をとってしまうことがある。

 慎重に、辺りを伺いながら足を進めて行ったのだった。

 だが、それも徒労に終わってしまう。

 教えてもらったレナード商会。

 そこに働く人々は、皆犬人だったからだ。

 ルードとリーダが近づくにつれて、ひとり、またひとりと服従のポーズをとってしまっている。

 犬人ではない周りの人々は、一体何があったのかと不思議な表情をしている。

 具合が悪くて倒れたというわけではない。

 皆揃ってお腹を上にこちらを向いているのだから。


「あ、あの。やめてもらえませんか? 僕は、ここの主人に話があってきたのです。ジョエル・レナードさんはいらっしゃいますか? 僕はフェムルードと申します」


 ルードはすまなそうな表情でそう告げる。

 リーダは苦笑し、キャメリアは困惑の表情を浮かべていた。


 ひとりの女性の従業員が気を振り絞って立ち上がると、ぺこりと頭を下げ、まるで生まれたばかりの小鹿のような、ガクガクと震えた足取りで商会の奥へ引っ込んでいく。

 服従のポーズをとって、身動きのできない他の従業員を置き去りにして。


 ややあって、奥から大柄な女性が出てくる。


「あたいがこの商会の長。ジョエル・レナードだよ」


 歴戦の商人という風格。

 まるでアルフェルのように身構えることなく自然体で、それでいてルードたちへの抵抗力も持ち合わせているのだろうか。


 ジョエルというのは犬人の女性だった。

 彼女が商会の奥から日が当たる場所へ出てくると、眉をひくつかせながら緊張した表情をしている。

 とても強く、しっかりとした意思を持つ女性なのだろう。


 獣人には本能で動いてしまうことがたたあると聞いている。

 機嫌による尻尾や耳の動きもそうらしい。

 犬人よりも強靭な狼人ですら、ルードの匂いに反応してこうなってしまったくらいだ。

 彼女はきっと、意地でも服従のポーズをとりたくなかったのだろう。

 ルードは正直凄いと思った。


 そんな彼女に話しかけようとしたときだった。


「ルード、この方」

「う、うん」

「どうしたんだい? あたいの顔に何かついているとでも?」


 ルードとリーダは気が付いた。

 ジョエルの髪はブロンドだった。

 それも耳が大きく垂れていた。


「あの、初めまして。僕の名はフェムルードと申します」

「そうかい。もしかしたら、あの、フェンリルじゃないのかな?」

「はい。僕も一緒にいる母も、フェンリルです。お聞きしたいことがあります」

「ふんっ、何だい?」


 彼女の予想が当たったのだろう。

 フェンリルと聞いても態度は崩さない。


「失礼ですが、あの……。クレアーナというジョエルさんと同じ髪と耳を持つ女性をご存知ありませんか?」


 フェンリルの威圧をものともせず、ルードに走り寄って肩を両手で強くつかんでくる。


「──クレアーナ、だって?」


 それは今まで強張っていた表情ではない。

 とても懐かしい名を聞いた、というような表情。

 とても嬉しそうな表情だった。


「はい。ご存知でしたら詳しくお話をしたいのですが」

「どこにいるんだい? 元気にしているのかい?」

「あ、あの」

「……あぁ。すまないね。気が動転してしまったようだよ。奥においで、お茶を飲みながら話そうじゃないか」


 ルードたちは商会の奥に通され、テーブルを挟んで話を始める。


「僕は生まれたときから、クレアーナに面倒をみてもらっていました──」


 エランズリルドであったこと。

 エリスのこと。

 ここにいるリーダに育てられ、なんとか生き延びて再びクレアーナと会ったときこと。

 クレアーナから聞いた僅かな状況。

 彼女は村がもうなく、生き残りもいないと落ち込んではいたが、今はルードのもうひとりの母、エリスと一緒に元気にしていること。


 ジョエルは目に涙を溜めながらも、ルードの目を見てしっかりと話を聞いていてくれた。

 よくみるとジョエルは、クレアーナに似ている。


「──そうだったんだね。ありがとう。フェムルード君」

「ルードでいいです」

「ルード君。あたいはね、クレアーナの母の妹。クレアーナはあたいの姪にあたるのさ」

「はい」

「あの子が生まれたと風の便りで聞いたときは嬉しかったよ。でもね、あたいはそれどころじゃなかった。こうして店を持つのが夢だったからね」

「はい。そのお気持ちはなんとなくわかります。僕のもうひとりの母の父が交易商でした。名をアルフェルと」

「アルフェルか。これまた懐かしい名前だね。いい男だったよ。商人としても立派な人だ。確か、狐人のハーフの奥さんがいたと思ったけど」

「はい。エランローズといいます」

「そうかい。確かそんな名前だったと」

「はい。その二人の娘、エリスレーゼが僕の母で。ずっと一緒にいてくれたと聞いていました。もし、クレアーナがいなければ、生きてママに会えなかったと思っています」

「そうかい。クレアーナがそんなに立派になったんだね。一目会いたいもんだね……」

「はい。僕は別件でジョエルさんにお願いがあってきました。この話が決裂したとしても、責任をもってここにお連れいたします」

「……その話というのは、何だい?」

「はい。砂糖の値段についてです」

「ほう?」


 ▼


 話は難航した。

 ルードは各地を繋ぎ、人々との縁を繋ぐために空の道を作ったとジョエルに話した。


「僕は、他の商人たちの食い扶持まで手に入れようとしたわけではありません。ですが、実際に騒いでいる人を見ましたが、アルフェルお父さんの言う通り、まっとうな商人とは言えない人ばかりでした。ただ、交易商をしている人には僕の話を届かせることはできません。なので、僕が事の一端を作ってしまったのは間違いないとも言えるんです」

「……なるほどねぇ。ルード君の言い分はわかったよ。でもね。あんたのしたことは準備が足りない。きちんと商人たちへ触れまわってから始めてもよかったんじゃないかな?」

「確かに足りませんでした。僕は目の前の目的だけに夢中になってしまいました。そのことはとても反省しています」

「そうだね。起きてしまったことは仕方ないと思ってるよ。あたいが砂糖の値を上げたのは、外への流出を抑えるためなのさ。それにあたいもその飛龍という人を見たことがないから、何とも言えないね」

「あの、僕の連れなんですが。その、赤い髪をした」

「綺麗な子だね。珍しく綺麗な角も持ってるね。どの種族なんだろう? あたいも知らない人がいるんだね。世の中は広いねぇ」

「いえ。その。彼女が飛龍なんです」

「はんっ。馬鹿言っちゃいけないよ。いくら伝説の飛龍だからって、あたいもある程度の知識は持ってるのさ。それともあたいを担ごうっていうのかい?」

「いえ。では、お見せいたします。ここでは騒ぎになりますので、町の外へ一緒に来ていただいてもいいですか?」

「いいだろう。嘘だったら今までの話もなかったことにしてもらうよ。もちろん、クレアーナの話も……、信じてはやりたいけど。あたいは自分の目で見たものしか信じないことにしてるのさ」


 こうしてジョエルを連れて城下町の外へ行くことになった。

 小さな国だ。

 あっという間に人気のない場所まで出ることができた。


「ここ辺りなら迷惑にならないかな。キャメリア、お願い」

「はい、ルード様」


 キャメリアはここで初めて言葉を発した。

 彼女の変化は一瞬だった。

 あっという間に真紅の飛龍の姿になったキャメリア。

 その姿を見たジョエルは呆然としてしまっている。

 普通の人には飛龍は伝説。

 言い伝えの上での存在。


「……まったく。長生きはしてみるもんだね。彼女がそうなのかい?」

「はい。僕の侍女の取りまとめをしてもらっています。フレアドラグリーナのキャメリアです」


 キャメリアはその姿のまま、軽く頭を下げてジョエルに応える。


「キャメリアと申します。我がご主人様。ルード様の元でメイド長をさせていただいております」


 キャメリアはドラグリーナの姿で言葉を話したものだから、余計に驚いただろう。

 それも伝説の飛龍をメイドにしてるときたものだ。

 『この少年は一体何者なのだろうか?』そうジョエルは思っているだろう。

 そんなジョエルに苦笑しつつ、ルードはリーダに手を伸ばす。

 このままウォルガードまで行こうと思っているのだろう。


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