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第十四話 母さんの昔話。

 イリスから受けた報告は、ルードにとって頭を痛める内容となっていた。

 ルードが空路を確保して、それによる弊害が出てしまっている。

 自室でひとりベッドに寝っ転がり、あぁでもない、こうでもないと思案を巡らせるがいい考えが浮かばない。

 悩んでいるだけならよかったのだが、今回は自分の考えなさが原因で招いてしまったことだった。


 確かにアルフェルの言うように、あの商人たちは自業自得だったのかもしれない。

 正しく余裕を持って交易をしている商人には影響はないのだろという。

 本来商人にとっては、あのように罵りに来る時間も惜しいはずということも頷ける。

 アルフェルが戻るまでは多少気の毒に思ってしまった。

 結果的にあの商人たちは相談ではなく、アルフェルをローズを、アミライルを一方的に罵りにきただけなのだ。

 謝罪もなく返っていった男たちを、ルードも助ける必要はないと思っていた。


 ただ、砂糖の値上がりに関して言えば、ルードの思慮が足りなかったと認めざるを得ないだろう。

 元々砂糖はそれ程利益の出る商材ではない。

 せいぜい輸送費としての手間賃程度の利益しかでないものだから、扱っている交易商は多くはなかったと聞いている。

 今回、砂糖へと商人が流れた理由は仕入れ値が安いという理由だった。

 そのせいで元々砂糖を扱っていた人にまでしわ寄せが来てしまっている。

 それ以上に、値上がりによる仕入れへの影響の方が大きいだろう。


 仕入れ値が上がったからといって、売値を上げるわけにはいかないからだ。

 確かにシーウェルズとエランズリルドでは砂糖の消費が増えている。

 今市場に残っている砂糖は値上がりをする前に納入が終わった物のはず。

 アルフェルも極端な値上がりはしていないと言っていた。


 ルードが商人から砂糖を買い取って、今の価格近くで卸すことも考えたが、そうしたからといって解決するとは思えない。

 真面目に砂糖の行商をしていた人は助けてあげたいと思う。

 だがそれも悪手であることは間違いないのだ。

 いつまでも買い支えることなどできはしないのだから。


 今、ルードが空路を諦めれば解決するというわけでもない。

 シーウェルズ~エランズリルド間や、シーウェルズ~フォルクス間を空路で結ぶことで鮮魚を運ぶことができたのだから。

 かといって空路があることを理由に、嫌がらせや罵りが今後も続いてしまうだろう。

 そんな考えが頭の中でぐるぐると回ってしまい、ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋める。


「(だめ、どう考えてもいい方法が浮かばないよ……)」


 ルードはこの世界に転生した『悪魔付き』と呼ばれる者のひとりだ。

 前世の記憶は持ち合わせない『知る』ことのできるだけの力も持つ。

 ただ、今悩んでいるように、応用力の必要なことを『知る』ことは難しい。

 いくらフェリスに『王太子にするわ』宣言されたからといって、ルードは学園に通ったわけではなく、帝王学を受けたわけでもない。


 その代わりにルードは、母のリーダとママのエリスから愛情たっぷりに育てられた。

 年齢より少々大人びた少年の思考しか持ち合わせていないのだ。

 だからこそ、身近な人たちを幸せにするための料理についてはうまく『知る』ことができていたのである。


 年相応に困った。

 年相応にこうできないか。

 そういう『知る』に対しては柔軟に対応ができるのだが、こうなってしまうとどうにもならない。

 善と悪だけでは判断できない問題だから、余計にルードの頭を悩ませてしまう。


 ルードの兄フェムルードと、弟のエルシードの魂を持ち合わせているのだが、困ったからといって二人に相談することも叶わない。

 それでも幾度となく左目のフェムルードの力と、右目のエルシードの力には助けられてきた。

 ただこれらの力に頼ったからといって問題解決に近づくことは難しい。

 最近自分で考えて行動することが多くなったルードは、皆に誕生を祝ってもらったからこそ、大人にならなければならないという使命感が生まれてしまったのだろう。

 ルードは十五歳になった。

 ウォルガードでは十八歳が成人の年齢となるが、国によっては十五歳のところもあると聞いたことがある。

 自分で考えて設立した『ウォルメルド空路カンパニー』なのだから、最低限、打開策を考えなければならない。

 ルードはそう思って堂々巡りに入っていく。


 『コンコン』とドアをノックする音が聞こえる。

 それは物凄く遠慮がちなノックの音だった。

 ルードがベッドを右に転がり、左に転がり、悶々とする中。

 しんとした部屋にその音だけが響いてきた。


「はい」

「……ルード。わたし。入ってもいいかしら?」

「母さん?」

「入るわよ」

「ちょっと待って」


 リーダがドアを開けると、ドアには鍵がかかっていなかった。

 そこは明かりが点いておらず、真っ黒な中ルードはベッドにうつ伏せになっている。


「ほらっ。暗いところで暗くしてたら落ち込むばかりでしょう?」

「待って、明かりつけ──」


 リーダが明かりを点ける。

 そこにはルードがベッドに座って手を伸ばしていた。


 ルードは小さな頃から負けず嫌いだった。

 ルードは人に弱みを見せないようにやせ我慢をする子。

 リーダが教えた魔法も狩りの仕方も。

 ひとつ教えると一生懸命反復して、何度も何度も練習して覚えていった。

 自信が付いた頃に、笑顔で見せに来る。

 リーダに褒められたいのがわかっていたから。


 何でもできるように見えたのは、人一倍努力する子だったから。

 素質はあったのだろうが、ルードは努力の子だったのだ。

 できない、というのが嫌いだったのだろう。

 リーダに褒められるのが好きだったのだろう。

 だから今も。

 こうして『悔し涙』を流しているのは、リーダにはわかっていたのだから。


 ルードの頬に涙の跡が。

 今も溢れんばかりの涙が目に溜まっている。

 瞬きするたびに、それはほろりと落ちてくる。


「馬鹿ね」


 リーダはベッドに座り、ルードを後ろから抱きしめる。

 ルードはリーダの腕をきゅっと手で握る。


「だって、僕。何も考えないでやっちゃったから。……それにもう、僕、十五歳なんだよ? だから自分で考えて……」


 ルードは後ろを振り向き、強がった表情でリーダの目を見てしっかりと言う。

 いつもルードは一生懸命。

 使命感のような強い気持ちが空回りしているのが、ルードの目を見て伝わってきた。

 そんな真っ直ぐなルードの両脇に手を入れ、軽々と抱き直して、赤子を抱くように膝の上に座らせる。

 そして正面から、ぎゅっと抱きしめた。


「ルード」

「うん」

「わたし、何歳か知ってるでしょう?」

「……うん、よんひゃ──」

「そ、それ以上言わなくてもいいわ。……あのね。わたしから見たら、十五歳なんて、まだ歩き始めた子供みたいなものなの」


 確かにそうだ。

 リーダの人生に比べたら、ルードは生まれたばかりのようなものだろう。


 リーダが今の姿は、初めてここに連れてきてもらったときに着ていた赤いドレス。

 ルードが初めてリーダの人の姿を見たときに着ていたゆったりとしたものだ。

 一番思い入れのある姿かもしれない。


「そう、……なの?」

「そうよ。フェリスお母さまとフェリシアお母様から見たら、わたしなんてまだまだ子供なの。それにね、わたしは学園にも通ったし、フェリスお母さまとフェリシアお母様から王になるために必要な知識を教わったの。わたしが二百歳くらいのときだったかしら──」


 ウォルガードで勉学に励んでいた時間の長さをリーダは話してくれた。

 十八歳になったリーダは、王家の催事などをフェリシアについて回りながら教えてもらった。

 それから三百歳を過ぎるあたりまで、学園に在籍していたそうだ。


「わたしは、女王になるつもりはなかったの。ルードがわたしの代わりに王位を継いでくれると言ってくれて、嬉しかったわ。だからね、わたしはルードの為ならなんでもしてあげる。ほら、そんな顔しないの。ルード、目を瞑ってごらんなさい」

「うん……」


 リーダは向かって右側。

 ルードの左目の瞼にキスをする。

 リーダがお腹を痛めて産んだ子がここにいる。


「ここに、あの子の魂がいるのね」

「うん」


 続けてルードの右目の瞼にキスをする。

 エリスがお腹を痛めて産んだ子がここにいる。


「ここには、エルシードちゃんの魂がいるのね」

「そうだね」

「ルード目を開けてごらんなさい。わたしの目を見なさい」

「うん」


 リーダの目はいつも通り、優しくルードを見つめていた。


「ルード、そんなに悩んでばかりいたらね」

「うん」

「お兄ちゃんと、弟に。笑われちゃうわよ」


 そう言ってルードの額にキスをしてくれる。


「あのね、わたしだって昔、悩んだことはあったの」

「そうなの?」

「そうよ。わたしはね、人付き合いが苦手で。それでも王女だから、一番じゃなければいけないと、肩ひじ張って無理をしてたのね。フェリスお母さまが大変だったことは知ってるわ。フェリシアお母様が一生懸命国を治めようとしていたのも、ね。確かルードには教えたわよね? わたしたち王家の者は、結婚したら外の世界を見に行くって」

「うん。そう教えてくれたよね」

「わたしは、フェリシアお母様に、フェリスお母さまに聞いたわ。いいことばかりではないけれど、それだけ外の世界には魅力的なものが沢山あると思ったの。でもね、二人以外、外の世界と繋がりを持とうとする人はいなかったの。ウォルガードの王家や貴族は、とても排他的で、フェンリルとフェンリラ以外認めようとしなかったわ。わたしもそう、学園で教わってきたのだけれど、二人から聞いた話は違うじゃないの」

「うん」

「わたしね、あの人と結婚したくはなかったわ。フェリスお母さまも『断っていいのよ』と言ってくれたの」


 おそらくは、ルードの兄の父のことなのだろう。


「でもね、外の世界を見てみたかった。外の世界の人と触れ合ってみたかったの。あの人はね、わたしの夫になることで、王配になることしか考えてなかったと思うわ。愚かよね、わたし、女王になるつもりなかったのに」

「そうなんだ」

「わたしはね、あの人は好きではなかったけれど、我慢したわ。そのおかげで、あの子と出会うことができたわ。あの子が亡くなったのは悲しかったけれど。あの子がルードと出会わせてくれたわ。外の世界に出ることができて、ヘンルーダとも出会えたの」


 ルードの執事であるイリスは、リーダにとっては可愛い後輩。

 親友と呼べる程ではなかったのだろう。

 クロケットの母、ヘンルーダは、そんなリーダの数少ない親友と呼べる女性だったのだ。


「彼女は優しい、頭のいい女性だったわ。彼女は、わたしのお友達と言える数少ない女性なのよね、あの人がわたしの元から去って、ルードと出会うまで。わたしの心を支えてくれたのもね、ヘンルーダだったわ。彼女も旦那さんを亡くしたばかりで、クロケットちゃんと一緒に。わたしを励ましてくれたの。あの集落の人々はね、わたしのことを怖がらないで、温かく迎えてくれたわ。シーウェルズにいる、ミケーリエルさんもそうね。そういえば、わたしのお友達は、猫人の人が多いのね。きっと、フェンリラと猫人の相性がいいのかもしれないわ。もちろん、ルードとクロケットちゃんもそうだと思うの」

「うん」


 ルードのことをもう一度抱きしめて、両手のひらで、ルードのお尻をパンパンと軽く叩いた。


「ルード。わたしは女王にならない代わりに、あなたをずっと支えることにしたの。あなたが失敗したことくらい、わたしがお尻をしっかりと拭いてあげるわ。あなたは、どうやって今まで自分の進む道を切り開いてきたのかしら?」

「うん」

「イリスから聞いて、わたしもある程度理解したのよ。レーズシモンだったかしら。そこににいるジョエル・レナードさん」

「うん」

「その人と会うか迷ってるんでしょう?」

「うん……」

「迷ってるくらいなら、ぶつかってみなさい。会って本音を。ルードが何故空の道が欲しかったのか。本音を話してごらんなさい」

「うん」

「きっとね。その人もわかってくれるわ。失敗したっていいの。もしそうなってもね、わたしもお尻を拭いてあげる。『お兄ちゃん』だって、『弟』だって。あなたの『力』になってくれるわ」


 そう言ってルードにウィンクをする。

 ルードはリーダの言っている意味がわかったのだろう。


「そうだね。一生懸命話して、お願いしても。話を聞いてもらえなかったら、聞いてくれるように『お願い』してもいいんだよね」

「そうよ。でもね」

「うん」

「やりすぎちゃ駄目よ?」

「あははは」


 ちょっとだけ照れ臭そうに、やっと笑顔になってくれたようだ。

 落ち込んでいたルードは、小さな頃。

 寂しくなったときも、悲しくなったときも。

 こうしてリーダに慰めてもらっていたのだった。

 ルードは自分がしなければならないことを思い出す。

 リーダは自分がルードを支えるのだと、再度認識する。

 母親であり、息子であり。

 二人は支え合って生きてきたのだから。


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