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第十二話 改めて感じる母の優しさ。

 ルードたちが以前住んでいた、今はルードの祖父アルフェルとローズ、ドラグリーナのアミライルが住む家の庭。

 そこに座らされた商人と思われる男たち。

 静まり返った彼らに追い打ちをかけるように、アルフェルは『商人とはどうあるべきか』を問い続ける。


「俺は何もやましいことをしているわけじゃない。もちろん、お前たち商人を喜ばせるために仕事をしているわけでもない。商品を求める商会、それを購入していただいているお客さんに貢献するために動いているだけだ」


 大半の男たちは、アルフェルの言葉に言い返すことはできないでいるようだ。

 だが、一部の男たちからこんな声が上がる。


『お前が俺の持っていくはずの商品を先に持っていったではないか? そのせいで俺の商品を買ってもらえなかった。それはどうしてくれる?』

『そうだ。それは商道徳に反しないとでもいうのか?』

 アルフェルは、そんな商人の言葉をばっさりと斬り捨てる。


「そうか。だがな、俺も変な話を聞いているぞ」


 そう言うとアルフェルはとある男の顔を睨みつける。


「とある商会で荷が届かないと相談されたことがあった。どうしても納入しないと信用にかかわってしまう。と、相談されたことがあった。話では七日も遅れている上に、まだ届かないというではないか。俺は慌てて商品を取り寄せ、半分だけ手助けをしたことがあった」


 『そうだそれだ』と声が上がる。


「そうか、お前だったのか」


 アルフェルはこの男たちがどこの誰で、何を商材として商売しているかをある程度知っていた。

 その男から目を外さず、静かに続ける。


「お前も含めて、わざと約束の日程よりも遅れて到着したり。量を少なく持っていき、市場に少ないとか言って、値段を少々吊り上げるようなことをしている奴がいる。そんな話を耳にしたんだが? それは商道徳に反しないとでも言うのか? 俺は常に適正価格でしか取引をしないぞ?」


 アルフェルの言うように、そのような手段で付加価値を高めて割りを稼ごうとする者がいるらしい。

 ただそれは、組織的に行われている価格操作ではなく、個人レベルのなのだろう。

 その証拠に、同じ地域から持ち寄られた麦などの穀物を適正価格で売るものがいるからだった。


 その場にいる商人の男たちは、それ以上反論することはできないようだ。

 集まった男たちは、少なからず脛に傷を持つ商人なのだろう。

 適正な価格の物を、約束した量、約束した日程で届けられては困る者もいることは確かだった。


 アルフェルが自身の潔白を証明したことで、男たちは大人しくなっていた。

 ルードは力を解き、アルフェルにひとつ頷く。


「俺の言ってることは間違っていたか? そうでなければ、早々に立ち去るがいい。こんなところで無駄な時間を過ごすのが商人なのか?」


 すると男たちは、ひとり、またひとりと立ち上がって帰っていく。

 アルフェルは『すまんな、変なことに巻き込んでしまって』と、ルードの頭をくしゃりと撫でて謝る。


「別にアルフェルお父さんが悪いわけじゃないよ。何が原因か、今イリスが調査に出てくれてるから、戻ったら話し合おうよ」

「そうだな。すまんな。色々心配かけて」

「ううん。僕の家族なんだから。それに僕もちょっと思うところがないわけじゃないんだ……」


 ▼


 静まり返った現アルフェル邸。

 イリスが出ていることもあり、彼女が戻るまではルードはこちらに滞在する予定だ。

 それにまた同じようなことが起きないとも限らないから。

 キャメリアにはそこのことを伝えてもらうために、一度ウォルガードに戻ってもらっている。


 アミライルが入れたお茶をもらい、ルードとアルフェルは差し向かいで話をしていた。


「あのね。アルフェルお父さん」

「どうした?」

「僕が空路なんて始めたから。それで他の交易商人の人たちが困ってたりするのかな?」

「そうだな。それはないとは言えないかもしれない。だがな、俺は他の商人と同じものを運んではいないんだ。俺は何が欲しいかを聞いて、それで持っていく物を決めている。今まで馬車では持っていけない資材や、物資。特にシーウェールズから持っていった生の魚なんて、喜んでたぞ。ヘンルーダさんも生まれて初めて食べたってな。小さな子たちの笑顔が嬉しかったよ」

「そっか。よかったんだね」

「あぁ。それとな、ウォルガードから帰った日にフォルクスにも行ってきた。エリスが生まれてまだ小さいころ以来だから、何年ぶりだったかな。ローズも懐かしいって言って喜んでくれたよ」

「うん。よかったね」

「そうだな。そこで俺は交易の約束をしたんだ。ルードの力を借りないで、俺が約束してきた。それから何回か、必要な物資を送ったよ。やっと商人の俺を認めてもらえた感じがした。ありがとう。ルード。エリスの息子でいてくれて」


 アルフェルの横に座っていたローズも。


「そうね。エリスに会わせてくれただけじゃなく、こんなに可愛らしいエリスの妹までできたんですもの。ルードちゃん、本当にありがとう」

「あ、あの。私も、感謝しています」


 アミライルまでその場でお辞儀をしてしまった。


「僕はできることをやっただけ。家族と、その周りの人たちのために、ね。そういえば、マイルスさんたちは?」

「あぁ。俺たちに休みをくれたからな。その間頑張ってくれたお礼に、家族全員でエランズリルドに行ってるぞ。ミケーリエル亭もな、俺の知り合いに頼んで営業してもらっている。あぁ、心配しなくても大丈夫だ。ウォルガードの国章の入った馬車で行ってるからな。あれを襲う阿呆はいないだろう」


 気持ちよく笑うアルフェル。

 それであの騒動でも誰もいなかったというわけだったのだ。

 アルフェルの優しさと、偶然が重なってしまった。


「アルフェルお父さん」

「どうした?」

「砂糖がどうとかって話が聞こえたんだけど」

「あぁ、その話か。あれはな、寒い地域で採れる作物からできてるのは知ってるだろう?」

「うん。ウォルガードでも作ってるみたいだからね」

「ウォルガードの生産力は凄いと思う。全て国内で賄えてしまっているからな。砂糖はレーズシモンという国からの供給でほぼ成り立っているんだ。エランズリルドから見てシーウェルズとは反対側にある。一度行ってみたかったこともあってな。フォルクスから戻る前に、俺とローズでアミライルに頼んでそこまで連れて行ってもらったんだ──」


 エランズリルドの北西、レーズシモンでは糖蜜の濃度が高い根菜が栽培されている。

 寒い地域でしかその根菜は栽培できないとされていて、ウォルガードも地域としては該当しているそうだ。

 レーズシモンではその『糖蜜根』という根菜が毎年豊作で、安価な砂糖を大量に輸出することで潤っている国らしい。


「──その時は価格的にそれほど変動していなかったから気にはしていなかったんだが……」

「うん」

「ルードが菓子を作るようになって、シーウェルズとエランズリルドでは多少砂糖の消費が上がっている。だが、元々それ程消費されるものではなかったからな。砂糖の相場が変動しているのに気づかないなんて。俺も最近、幸せ過ぎて多少ボケていたのかもしれないな……」


 アルフェルは腕組みをして俯き唸ってしまう。

 ルードは慌ててアルフェルのフォローをする。


「そんなことないよ。さっきだって立派だったと思うし」

「そうよ。あなたはいつまでも可愛いわよ」

「ちょっとローズ……」

「ほら、ね? ルードちゃん」

「あははは」


 やっとほのぼのとした感じに戻ってきた。

 少し遅れてキャメリアが戻ってくる。

 その背には、何故かリーダが乗っていた。


「ルード様、ただいま戻りました」

「あれ?」

「はい。皆さまに伝えたところ、フェルリーダ様が一緒に来ると言われましたので」

「母さん、どうしたの?」

「いい機会だったからキャメリアさんに乗ってみたかったのよ。楽しいわね」


 何故かルードの目を見ないように明後日の方向を見ている。

 リーダは何かを誤魔化しているようにも見えたとき、キャメリアはあっさりとそれをバラしてしまう。


「フェルリーダ様。ルード様がご心配だからと言っていたでは──」

「駄目っ。何で言ってしまうのよ……」

「母さん。ありがと」

「ううん。いいの。あんな表情をしたルードを放っておけるわけないでしょう? 戻ってこないと聞いて、心配になったのよ。それに最近忙しいみたいだったから、たまには一緒にいたいなー、とか思ってませんからね」


 そこは心配性のリーダ。

 黙っていても顔にでしまう優しい母親だから。

 今のルードはリーダがいなければ、ここにいることすらできなかったのだから。

 それにリーダから見たら、いつまでも小さな子供なのだろう。

 十五歳になって、自分で商会を立ち上げて。

 周りにはルードを心配する人がいて。

 最近ちょっとだけ寂しく感じていたのかもしれない。

 そう思うと、まだ甘えてもいいんだなと思ったりもしなくもないのだ。


 ルードは泊めてもらうからと、アミライルとキャメリアと共に料理を作ろうとしたのだが、キャメリアに怒られてしまった。


「ルード様。邪魔です。私の仕事をとらないでください」

「ごめんなさい……」


 キャメリアの毅然とした態度に苦笑するアミライル。

 とぼとぼとリーダの元に戻ってくるルード。

 毎度のこととはいえ、『アミライルとキャメリアしかいないのだから手伝ってもいいじゃないか』と、ちょっとだけふてくされるルード。

 最近は、新作を作るとき以外料理をさせてもらえる機会が少ないのだ。

 おまけにクロケットとキャメリアは、ルードが作る料理を覚えるのが早すぎる。

 特にキャメリアは料理の勘が鋭く、一度作って見せると分量までほぼ再現してしまうほどだった。

 その再現性を生かして、タバサに伝えると量産できるものはタバサが再現してしまう。

 周りにいる女性が優秀過ぎて、実に肩身が狭くなってしまったものだ。


 リーダが太ももをぽんぽんと叩く。

 ルードは吸い込まれるように顔を埋め、そのままふてくされる。

 昔からルードの機嫌が悪くなると、こうしてリーダはあやしたものなのだ。

 ルードが幼少の頃はリーダはフェンリラの姿だったこともあり、そのときはルードはリーダの首元に顔を埋める。

 ウォルガードに連れてきてからはこのようにしてあげると、ルードは機嫌を直すのだ。


 最近はこの役目をクロケットに譲ってしまったが、やはり欲求がたまっていたのかもしれない。

 ルードの後頭部、襟足からつむじまでを、ゆっくりと指でその柔らかい白い髪を梳っていく。

 たまに『んぅ』と喉を鳴らすのが、また可愛くて仕方がない。

 リーダが生きてきた時間から比べると、ルードとの十五年はつい昨日のような出来事。

 こうして甘えてくれるルードは、幼少の頃から変わっていない。

 リーダの命より大事な存在のひとり。

 今は遠くに行ってしまったが、魂は一緒にここにいる。

 太腿の上には三人の息子が甘えている。

 そう思うと、何とも言えない嬉しさが込み上げてくるのだった。


 その夜、ルードはリーダと久しぶりに一緒に寝た。

 そこには一匹の緑のフェンリラ。

 純白のフェンリルの姿が。

 今晩はリーダの提案でこの姿で眠ろうということになった。

 『きっと気持ちよく眠れるわよ』とリーダが言うから。

 本当に気持ちよかった。

 まだ雪が残っているくらい寒いこともあったが、リーダの毛は温かく。

 匂いも昔からいい。

 吸い込まれるように眠りについたルード。


 リーダにとってはこの姿の方が、ウォルガードにいないときは楽。

 ルードは逆かもしれないが、昔よりは魔力が増えていることからそれほど苦にはならないだろう。

 リーダはルードが自分の息子である実感を、この姿で余計に感じることができる。

 大きくなってしまった息子は、何もかも自分で背負い込んでしまう優しい子に育った。

 リーダの血を引いているかのように、ルードもある意味心配性だ。

 リーダとエリスは、並んでいると髪の色以外は姉妹と見間違うくらいに似ている。

 エリスにも似ており、リーダにも似ているルード。

 それはエリスと話した時に彼女もそう思っていたと聞いた。

 リーダもうつらうつらとしてくる。

 いつまでもルードを見ていたいが、意識をそっと手放すことにした。


 翌朝、朝食をとっていると、疲弊したイリスが戻ってくる。

 きっと一晩中情報を集めてくれていたのだろう。

 額に汗を溜めながら、体中から湯気が出そうなほど汗をかいているようだ。


「いいわよ、イリス。許します」

「はい。フェルリーダ様。いただきます」

「えっ?」


 イリスはぎゅっとルードを抱きしめた。


「これですよこれ。けだまちゃんもいいですけど。やはりルード様が一番です。いい匂いで抱き心地も最高っ。癒されます……」


 すんすんとルードの頭に顔を埋めて、深呼吸までしている。

 リーダが許してくれたから、イリスは疲れた分だけ目一杯『ルード分』を充填するのだった。



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